か)
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受験生の母親 えー、頭足類《とうそくるい》はたこ[#「たこ」に傍点]に、いいだこ[#「いいだこ」に傍点]に、ま烏賊《いか》、するめ烏賊、やり烏賊の五つ。この頭文字を読むと、たいますや。えー次は、腹足類《ふくそくるい》、これは四つ、あわび[#「あわび」に傍点]にとこぶし[#「とこぶし」に傍点]に、さざえ、たにし、この頭文字を読むと、あとさた。えー、たいますや[#「たいますや」に傍点]に、あとさた[#「あとさた」に傍点]……。
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△この辺で大きな鼾《いびき》の音が聞えだす。
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母親 えー次は斧足類《ふそくるい》。蛤《はまぐり》に蜆《しじみ》に……。
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△鼾《いびき》が一段と高くなる。
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母親 あーら、なんでしょう。ああ鼾だわ。誰の鼾でしょう。お父さんはまだだし、ねえやは留守だし、するとーすると道夫かしら。あ、道夫だ。受験準備の勉強を怠《おこた》って居睡《いねむり》をするなんて、まあ情けない人ね。
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△音響、畳をけってたち、隣室《りんしつ》の襖《ふすま》をあける。
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母親 まーあ、道夫、なぜ居睡なんかするんです。そんなことじゃあ、高等学校の入学試験が受かりませんよ。さあ起きなさい。元気を出して。
道夫 ああっ、ああーっ。今日は睡《ねむ》いなあ、お母さん、今日は体操の時間にうんと駈足《かけあし》をしたんで、睡いんですよ。
母親 あーら、そうかい。困ったね。まだやらなければならない問題がうんとあるんだよ。一晩に七十五題はやるようにしないと、入学試験までにとても受験書を皆すませやしないわ。元気を出してよ。お母さんは拝《おが》むから。
道夫 だって睡いんですよ。脳髄がまるでよそから借りてきたみたいで、ちっとも働かないんです。
母親 まあ、いけないわねえ。じゃ仕方がない。頭を悪くしちゃだめだから、今日はもうお寝《やす》みなさい。ぐーっと睡るといいわ。睡眠剤《すいみんざい》をのんでやすむのよ。いいかい。
道夫 (いよいよ睡そうに)えーえ、あーあー、
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△蒲団《ふとん》を出す音。母親は襖をしめて、もとの茶の間にかえってどさりと座る。
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母親 本当に道夫に代ってやりたいわねえ、あたしなんかちっとも睡かないわ……さあ、もっと先を勉強しておきましょう。道夫がどの位勉強したかを験《ため》すのは、あたしが道夫以上に、何でも覚えてなくちゃいけないんだわ、一人子《ひとりっこ》の母親って、誰でもこんなにやきもきするものかしら。(気分をかえて)えー斧足類は蛤に蜆に牡蠣《かき》、あさり、あげまき、帆立貝《ほたてがい》、赤貝、ばか貝。
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△音響、格子ががらがらとあく。(父親の帰宅)
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父親 なんだ。赤貝にばか貝か大変な御馳走だな。しかし、ばか貝は止《よ》してくれ。青柳《あおやぎ》という粋《すい》な名があるじゃないか。
母親 お帰りなさいまし。あなた、御飯はもうお済みになりましたの。
父親 どういたしまして。これから洋服をぬいで、そこの長火鉢《ながひばち》の前で御馳走になるてえ順序でござんす。
母親 まあ……。
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△洋服をぬぎ、洋服かけがちゃつく。同時に膳部《ぜんぶ》の仕度の音、薬鑵《やかん》、飯櫃《おひつ》の音。
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母親 さあ、どうぞ。
父親 よお、どっこいしょ、と……ああ道夫はどうした。
母親 あのう、たいへん睡くて、脳髄がお豆腐《とうふ》のようになりそうだと、こう申しますので、お先に寝かしてやりました。
父親 おおそうかい。道夫も此頃《このごろ》受験準備で、可哀想《かあいそう》な位つかれているね。すぐ寝かしてやったとは、お前にしちゃ大出来《おおでき》だ。
母親 さあ、どうぞ。
父親 ああ。山盛《やまもり》よそってくれ。ああ腹が減った。
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△音響、茶碗を盆《ぼん》にのせる音。つづいて飯櫃をひらく音。
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父親 おや、赤貝に青柳が出ていないぜ、おい、どうしたんだ。
母親 はい。大山盛です。
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△父親、飯を頬《ほお》ばる。
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父親 赤貝に、青柳に
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