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△蒲団《ふとん》を出す音。母親は襖をしめて、もとの茶の間にかえってどさりと座る。
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母親 本当に道夫に代ってやりたいわねえ、あたしなんかちっとも睡かないわ……さあ、もっと先を勉強しておきましょう。道夫がどの位勉強したかを験《ため》すのは、あたしが道夫以上に、何でも覚えてなくちゃいけないんだわ、一人子《ひとりっこ》の母親って、誰でもこんなにやきもきするものかしら。(気分をかえて)えー斧足類は蛤に蜆に牡蠣《かき》、あさり、あげまき、帆立貝《ほたてがい》、赤貝、ばか貝。
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△音響、格子ががらがらとあく。(父親の帰宅)
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父親 なんだ。赤貝にばか貝か大変な御馳走だな。しかし、ばか貝は止《よ》してくれ。青柳《あおやぎ》という粋《すい》な名があるじゃないか。
母親 お帰りなさいまし。あなた、御飯はもうお済みになりましたの。
父親 どういたしまして。これから洋服をぬいで、そこの長火鉢《ながひばち》の前で御馳走になるてえ順序でござんす。
母親 まあ……。
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△洋服をぬぎ、洋服かけがちゃつく。同時に膳部《ぜんぶ》の仕度の音、薬鑵《やかん》、飯櫃《おひつ》の音。
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母親 さあ、どうぞ。
父親 よお、どっこいしょ、と……ああ道夫はどうした。
母親 あのう、たいへん睡くて、脳髄がお豆腐《とうふ》のようになりそうだと、こう申しますので、お先に寝かしてやりました。
父親 おおそうかい。道夫も此頃《このごろ》受験準備で、可哀想《かあいそう》な位つかれているね。すぐ寝かしてやったとは、お前にしちゃ大出来《おおでき》だ。
母親 さあ、どうぞ。
父親 ああ。山盛《やまもり》よそってくれ。ああ腹が減った。
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△音響、茶碗を盆《ぼん》にのせる音。つづいて飯櫃をひらく音。
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父親 おや、赤貝に青柳が出ていないぜ、おい、どうしたんだ。
母親 はい。大山盛です。
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△父親、飯を頬《ほお》ばる。
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父親 赤貝に、青柳に
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