うという人物は、たいへん稀《まれ》であって、彼等の多くは、たまたま職業を其処にみいだしたのであって、それから後は無論のこと職業意識をもって説教をし、燃えるような野心をもって上役《うわやく》の後釜《あとがま》を覘《ねら》み、妙齢《みょうれい》の婦女子の懺悔《ざんげ》を聴き病気見舞と称する慰撫《いぶ》をこころみて、心中ひそかに怪しげなる情念に酔いしれるのを喜んだ。柿丘秋郎の正体もつきつめて見れば、此の種の人物だったが、割合に小胆者《しょうたんもの》の彼は、幸運にも今までに襤褸《ぼろ》をださずにやってきたのだ。これは僕が妬《ねた》みごころから云うのではない。
 柿丘が、あの病気に罹《かか》ってその儘《まま》呼吸《いき》をひきとってしまったら、彼の競争者は、たちまち飢《う》えたる虎狼《ころう》のごとくに飛びかかって、柿丘の地位も財産ものこらず平《たいら》げてしまい、その上に不名誉な背任《はいにん》のかずかずまで、有ること無いことを彼の屍《しかばね》の上に積みかさねたことだったろう。柿丘秋郎は、その間の雰囲気を、十二分に知っていた。
(もうこれは駄目だ。最後の覚悟をしよう)とまで、決心した彼だっ
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