う》の或る朝、僕はその日を限って、呉子さんの口から、或る喜ばしい誓約をうけることになっているのを思い浮かべながら、新調の三つ揃いの背広を縁側《えんがわ》にもち出し、早くこれに手をとおして、午後といわず、直ちに唯今から、呉子さんを麻布《あざぶ》の自邸に訪問しようと考えた。
僕は、帯をほどいて衣服をうしろにかなぐり捨てると、猿股《さるまた》一枚になって、うららかな太陽の光のあたる縁側にとび出し、、ほの温い輻射熱《ふくしゃねつ》を背中一杯にうけて、ウーンと深い呼吸をして、瞼《まぶた》をとじた。
「町田狂太《まちだきょうた》さん」
不意に、庭の方から人の近づく気配がした。眼を眩《まぶ》しく開くと、三十あまりの若い青年紳士が、こちらを向いてニコヤカに笑いながら、吾が名を呼びかけた。
「僕は町田ですけれど、貴方《あなた》は、どなたでしたかね」
僕も、ついつい笑いに誘《さそ》われて、朗《ほがら》かに云ってのけた。
「ちょいとお話を伺《うかが》いたいことがあるんですが……。僕は、こういう者なんでして」
そう云って青年紳士は、一葉《いちよう》の名刺をさしだした。とりあげて読んでみると、
「私立探
前へ
次へ
全42ページ中36ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング