》な音色《ねいろ》は……」
「牧歌的なもんですか、地面の下でもぐら[#「もぐら」に傍点]が蠢《うごめ》いているような音じゃありませんか」
 そう云うと、夫人はこの実験台の前から、スッと向うへ歩みはじめた。柿丘はホッとして押釦《おしボタン》から指尖《ゆびさき》を離した。
 夫人は真直に歩いて片隅へまで行ったが、やがてそのまま柿丘の方へ帰ってきた。
「ねえ、このお部屋に、御不浄《ごふじょう》はないのですか?」
 夫人は顔をすこしばかり顰《しか》め、片手を曲げて下ッ腹をグッと抑えるようにしていた。その言葉を聞いた柿丘は、頭がグラグラとするのを覚えて、思わず、手尖《てさき》にあたった実験台の角をギュッと握りしめたのだった。そして、言葉も頓《とみ》に発し得ないで、反対の側の片隅を、無言《むごん》の裡《うち》に指した。そこには黒い横長の木札の上に、トイレットという文字が白エナメルで書きしるされてあった。
 雪子夫人は、吸いつけられるように、その便所の扉《ドア》の方に歩みよった。
 柿丘は、化物のような大口《おおぐち》を開いて、五本の手の指をグッと歯と歯の間にさし入れると、笑いとも泣いているとも分つ
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