に、雪子女史の姿が影のようにつきまとっていたのは、寧《むし》ろ悲惨であると云いたかった。
柿丘秋郎が、自邸の空地の一隅《いちぐう》に、妙な形の掘立小屋を建てはじめたのは、例の密会事件があってから、三十日あまり過ぎたのちのことだった。その堀立小屋は、窓がたいへん少くて、しかもそれが二メートルも上の方に監房《かんぼう》の空気ぬきよろしくの形に、申《もうし》わけばかりに明《あ》いていた。小屋が大体、形をととのえると、こんどは電燈会社の工夫が入ってきて、大きい電柱を立てて、太い電線をひっぱったり、いかめしい碍子《がいし》を※[#「てへん+丑」、第4水準2−12−93]《ね》じこんだりしたすえに、真黒で四角の変圧器まで取付けていった。それがすむと、厚ぼったいフェルトや石綿《いしわた》や、コルクの板が搬《はこ》び入れられ、それはこの小屋の内部の壁といわず、天井といわず、床といわず、入口の扉《ドア》といわず、六つの平面をすっかり三重張りにしてしまった。室内へ入ると、まるで紡績工場の倉庫の中に入ったような、妙に黴《かび》くさい咽《むせ》るような臭気がするのだった。だがその割合に呼吸ぐるしくないのは、
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