淵《ふち》につきおとすに十分だった。読者は、次のくだり[#「くだり」に傍点]を読んで、僕の呆然《あぜん》たりし顔を想像していただきたい。
「貴女《あなた》はどうしても、僕の希望に応じて呉れないのですか」
「いやなことですわ、ひどい方」
「こんなに僕が、へいつくばってお願いをするのに、それに応《おう》じてはくださらないのですか」
「あたしは、どうあってもいやなんです」
「ほんの僅かな時間でよいのですから、この上に寝て下さい」
「いくらなんでも、貴下《あなた》の前に、そんなあられ[#「あられ」に傍点]もない恰好をするのは、いやですわ」
「お医者さまの前へ行ったのだと思って我慢して下さい」
「お医者さまと、貴下とでは、たいへん違いますわ」
「なんの恥かしいものですか、僕が――」
なにやら、せり合うような気配《けはい》。
「暴力に訴えなさるのですか(とキリリとした雪子夫人の声音《こわね》、だが語尾は次第に柔かにかわる)まア男らしくもない」
「でも今を置いては、機会は容易に来ないのですから」
「あたしは、貴下の御希望に添う気持は、一生ありません。貴下も神に仕《つか》える身でありながら、まだ生
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