た。たしかに人声がするのだ。しかもそれは此の家の中から洩れ出でる話声だった。
柿丘夫妻はもう帰っていたのだったか。僕は立ちあがるとその声のする方へ、二三歩踏みだしたのだったが、およそ人間が、こういう機会にぶつかることがあったなら、十人が十人(悪いこととは知りながら)と言訳《いいわ》けを吾れと吾が心に試みながら、そっと他人の秘密を盗みぎきするものなのである。僕の場合に於ても、たちまち全身を好奇心にほて[#「ほて」に傍点]らせながら、小さい冒険の第一行動をおこしたことだった。ああ、しかしそれは何という大きい衝動を僕にあたえたことだったろう。話し声の一人は柿丘秋郎にちがいなかったけれど、もう一人の話し相手は呉子さんではなく、なんとそれは白石博士夫人雪子女史だったではないか。
勝手を知った僕は、逸早《いちはや》く身を飜《ひるがえ》して、書斎のカーテンの蔭にかくれることに成功した。そこからは隣りのベッド・ルームの対話が、耳を蔽《おお》いたいほど鮮《あざや》かに、きこえてくるのだった。
そこに聴くことのできた話の内容は、一向に二人の関係について予備知識をもたなかった僕を、驚愕《きょうがく》の
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