きもの》を見る習慣があった。並んでいる履物の種類によって、在宅中の顔触《かおぶ》れも知れ、その上に履物の主の機嫌がよいか、それとも険悪《けんあく》かぐらいの判断がつくのであった。その日の玄関には、一足の履物も並んで居なかった。では、おん大《たい》始め夫人まで、まだ海辺《かいへん》から帰っていないのだなと思ったことだった。
 それなら、ソッと上りこんで、茶の間で昼寝をしているかも知れない留守女中のお芳《よし》を吃驚《びっくり》させてやろうと思って、跫音《あしおと》を盗ませて入っていったのだった。ところが茶の間にはお芳の姿が見えなかったばかりか、勝手元までがピッシャリ締めてあり、座蒲団の位置もキチンと整頓していて、シャーロック・ホームズならずとも、お芳は相当|長時間《ちょうじかん》の予定で外出したらしいことがわかった。だが、それにしては、何という不用心《ぶようじん》なことだ。現に僕という泥棒がマンマと忍びいったではないか。
 だが、このときだった。ボソボソいう声がどこからともなく聴えたように思った。耳のせいかしらと、疑いながら、じッと耳を澄ませていると、いやそれは空耳《そらみみ》ではなかっ
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