これを行ふには、靈媒を無我の境に陷し入れるもう一人の術者が要るのが普通である。しかしその靈媒が修行を積んだ人ならば、自分で無我の境に入つて行くから、術者は要らない。
 靈媒が無我の境に入ると呻り聲を發する。すると傍についてゐる心靈研究會側の主が、『心靈が出ましたから、話をしてごらんなさい』といふ。尚、『この樣子では、この方は、まだ御自分が死んだことを自覺してゐませんな』と、言葉を繼ぐ。
 そこでこつちから、靈媒へ聲をかける。すると靈媒が返事をする。『ああ、誰ですか。苦しい苦しい。ここが痛い』などと身體をひねつて苦痛の色を示す。
『ああ、氣の毒に。この方は肺病で亡くなられたな』と主事が言ひあてる。そして『早く聲をかけてあげなさい。あなたはもう死んでゐるのですぞと教へておやりなさい』と助言する。
 そこでこつちは、恐る恐るそのことを告げる。すると靈媒に現はれた心靈は、強くそれを否定する。それから雙方で押問答をくりかへしてゐるうちに、心靈は、はじめて自分の肉體がないことに氣がつく。そこで心靈は、はげしく歎き悲しむ。
 死をやうやく自覺した心靈を慰めるために、かなり骨が折れる。こつちはいい加減
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