勝れた研究を發表し、工場を經營し、多數の工場の顧問として活躍してゐた人物だつた。それほどの彼であるから、靈媒を通じて出て來る心靈が、果して合理的なる亡妻心靈と認めることが出來るかどうかについて、注意を怠らないでゐた。
殊に友人たちから、『それは靈媒と稱する女が讀心術を心得てゐて、巧みに話の辻褄を合はせてゐるのだよ。しつかりしろ』などといふ抗議に對して、彼はさうでないことを證明してみせた。
『讀心術でない證據がある。この前、僕の全く知らない事實を、妻は私に語つた。生前のことであるが、僕には内緒で、妻の妹にルビーの指環を買つてあたへたといふ話が出たのだ。そこで僕は、親類へ立寄つて、そんな事實があるかどうかを尋ねた。すると、確かにその事實があつたことが分つた。但しルビーではなくてサファイァだつたがね。しかしこれ位の些細な喰ひ違ひは、心靈實驗にはよく起る普通のことなのだ。とにかく靈媒が讀心術を使つてゐるものとすれば、この指環の件なんかは、僕の記憶にない知らない事實なんだから、靈媒が話に持ち出すわけはないんだがね』
かういふことが、彼を心靈研究に深入りさせる一つの階程になつたことは明白だ。そ
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