の二人だけだ。ほんとに心おきなく、しんみりと樂しい對談が出來るのだ。妻はいろいろと思ひ出して、喜んだり懷しがつたり泣いたりする。僕は今幸福だよ』
 私は質問した。
『そんな甘つたるい話を續けて、靈媒さんに恥かしくないのかい』
 すると彼は應へた。
『靈媒が居るなんて、そんな意識はないよ。亡妻と僕と二人切りの世界なんだ。二人がどんな甘つたるい話をしようと、氣がねは全くないんだ。だから妻も、昂奮してくると、僕の方へ凭れかかつて來るよ』
『それはたいへんだね。靈媒が倒れて、目をさましやしないかい』
『手をしつかり握り合つてゐるから、そんな心配はない』
『ふーン、それはどうも』
 私は、靈媒と手を握り合つて語らふなどといふ心靈實驗があることを、この時始めて耳にしたので愕いた。
 それにしても、この友人の代りに、私がさういふ状況でもつて、脂ぎつた女の靈媒と喋々喃々の時間を、他に人氣のない夜の部屋で續けてゐたら、俗人らしい間違ひをしでかしたかも知れないと思ふ。
 とにかく、その友人は、やがて自殺した。自殺するよ、と彼は私たちに豫告してゐた。しかしそれはにこにこと冗談めいて語られるので、誰も本當にしなかつた。
 もしもその時、もつと深く友人の家庭の事情や、心靈研究會や靈媒との關係を深く知つてゐたら、私たちは彼の計畫が本物だといふことを知つて、警戒したことであらうが、そこは手ぬかりがあつた。
 自殺する少し前、彼はいつもより少し落着かない態度で、私たちに言つたことがある。
『妻がね、あなたはなぜ早くこつちの世へ來て下さらないんですと、恨めしさうにいふんだ。妻は、今では僕を一刻もそばから離したくないらしい。折角心靈を呼び出して、妻を救つたつもりだつたが、今は反つて妻を煩惱に追ひやることとなつた。僕は責任を感ずるよ』
 彼が自殺したとき、亡妻の忘れがたみの女兒を道伴れにした。私たちは、その自殺の場所である千葉縣の某海岸へ赴いて、哀れな親子心中の有樣を見た。
 悼しいのは、その女兒が、小兒麻痺症であつて、學齡期を相當過ぎてゐるのに登校をさせることも出來ず、親類中で同情してゐたといふことを、其の時始めて知つた。私たちには、さうは語られず、七歳の女兒が居るのみ知らされてゐた。
 彼が死んで、新聞にも大きく記事が出、もちろん心靈研究會へも傳はつた。私たちは、その後、その會へ行つてみた。
 その
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