した。もしこのとき、探偵の本当の感想を安東にぶちまけたとしたらどうだろう。
“君は下手なことをしたよ。君の心臓を奪っていった男をひどい目にあわしてしまったんだからね。失恋の傷手《いたで》に悶々《もんもん》たる烏啼の奴は、今頃はやるせなさのあまり、君の心臓を串焼きなんかにして喰べてしまったかもしれないよ。とんでもないことだ、そんなことは安東に話してやれないな”
「ねえ先生、なんとかして頂けません、あたしの一番大切な人のために……」
いつ現われたのか、今福西枝が彼猫々の前に現われての歎願《たんがん》であったのであった。
「なるほど。では何とか努力してみましょう」
と、袋探偵はうっかり約束をしてしまって、後で大いに呻った。
約束は約束だ。そこで探偵はその夜一夜まんじりともしないで脳細胞を酷使《こくし》した揚句《あげく》、夜の明けるのを待って、稀代の怪賊烏啼天駆の隠家《かくれが》へ乗込んだ。
かれ烏啼天駆は、すっかり気を腐らせたと見え、髪も茫々《ぼうぼう》、髭も茫々、全身|熟柿《じゅくし》の如くにして長椅子の上に寝そべって夜を徹して酒をあおっていた。袋猫々が入って来たのを愕《おどろ》き
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