有にする”とかいうが、ほんものの血腥《ちなまぐさ》い心臓を盗んだって、なんにもならんじゃないか」
 記者たちは笑いながら散っていった。
 あとに袋探偵は、猫背を一層丸くして、一つ大きなくさめをした。それから彼は手の甲で洟《はな》をすすりあげ、大きな黒眼鏡の枠をゆすぶり直すと、両手を後に組んで、ぶらぶらと歩き出した。
 見えがくれに尾行して来る六名の記者を地下鉄の中でうまくまいて、かれ袋猫々は、とつぜん安東仁雄の病床を訪れた。
 安東は、北向きの病床に上半身を起し、さかんに南京豆《なんきんまめ》の皮を指でつぶして、豆をがりがり噛んでいた。血色は、すばらしくよかった。彼の病床のまわりには、看護婦が五六人もたかっていた。
 それらの婦人を遠慮してもらって、袋探偵は安東とさし向いになった。
「探偵さん、僕はもうやり切れんですよ」
「お察しします」
「僕の心臓は見つかりましたか」
「まだです」
「まだですか。困るなあ、見つからなくては……烏啼氏は見つかりましたか」
「わしはまだ彼を訪問していません」
「どこに居るのか分っているのですか」
「多分……。但し、わしにだけはね」
「烏啼氏に会ったら、僕
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