味とは違って、ぶっきら棒に、課長はいった。
「あなたはわしをおからかいなのではないでしょうか。いいですか。心臓をちょん切って持っていったのを第一とし、次にこの黒い四角い包みがそうなんですが、これは代用心臓が入っているんです。スットン、スットンと音がしているでしょう。あの音は、この箱の中に仕掛けてある喞筒《ポンプ》が、正しく一分間に六十回の割合で、この青年の血液を、心臓に代って、全身へ送り出しているんです」
「ほほう」
と、検察官たちは、黒箱へ耳を寄せて、おどろきのあまり口を丸く開く。
「お分りになったでしょうな。このような優秀な代用心臓を供給し、それを見事に取付ける手際からいって、その下手人は烏啼めの外にはないと断言ができます。これが第二の証拠ですわい」
「ほほう」
「そればかりか、この黒い風呂敷をごらんなさい。ここに見えるのは、烏《からす》の形をした染め抜き模様です。これは赤ン坊が見てもそれと判断ができるでしょう、この風呂敷が奇賊烏啼の所有品だということは……。これが第三」
「ほほう、これは気がつかなかった」
「第四には、賊はこの青年紳士安東仁雄君の心臓を強奪すると共に、直ちに代用心臓を与えて居る。つまり賊は、被害者の生命の保護ということについて責任ある行動をして居る。このように仁義のある紳士的な賊は、烏啼天駆めの外にはないのです。有名な彼の言葉に――“健全なる社会経済を維持するためには何人といえども、ものの代金、仕事に対する報酬を支払わなければならない。もしそれを怠るような者があれば、その者は真人間《まにんげん》ではない。たとえ電車の中の掏摸《すり》といえども、乗客から蟇口《がまぐち》を掏《す》り盗《と》ったときは、その代償として相手のポケットへ、チョコレートか何かをねじこんでおくべきだ。そういう仁義に欠ける者は猫畜生にも劣る”――というのがありますがな、猫畜生なる言葉は適切ではないが、その趣旨は悪くないと思う。つまり相手から心臓を奪いながら、すぐさま代用心臓を仕掛けて相手の生命を保護するというやり方は、これは烏啼めのやり方です」
「ふふん、ふしぎなやり方ですな」
「ふしぎじゃないですよ。いくら賊にしろ、お互いに人間同志だから、烏啼のようにやるべきですよ。――まだある、第五には……」
「もう、そのへんでよいです」
「いや、大事な証拠をあなたがたが見落して行かれ
前へ
次へ
全12ページ中4ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング