落ちて、いやというほど腰をうちつけた。それでも彼は助かりたい一心で、膃肭獣《おっとせい》の如く両手で匐《は》って、そこを逃げだした。
「とにかく金よ、お前も長途《ちょうと》の旅行で疲れたろう。この寝室を貸してあげるから、ゆっくりひと寝入りしなさい。その間に、われわれは万端《ばんたん》の用意を整《ととの》えることにするから」
「はあ、大先生、お構い下さいますな。どうぞ大袈裟《おおげさ》な用意などなさらぬように……」
「まあいい、この部屋は静かだから、よく睡れるだろう。では、おやすみ。夕刻《ゆうこく》になったら起してやろう」
「はあ、恐《おそ》れ入《い》ります」
 王水険先生は、自室を金博士に譲って、そこを出ていった。そして戸口を出るとき、そっと外から鍵をかけることを忘れなかった。こうして金博士を缶詰にして置いて、遅まきながら万端の用意にかかれば夕方までにはこの大使館の始末機関はすぐ使えるようになるだろう。
 そんなことを考えながら廊下を歩いていると、後から呼ぶ者があった。それは余人《よじん》ではなく、松葉杖《まつばづえ》をついた醤だった。
「おや、お前、足をやられたか」
「はあ、柊の樹か
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