》りつけたことだった。
間もなく夜となった。
そのうちに、船首でえらい騒ぎが起った。舳《へさき》で切り分ける波浪《はろう》が、たいへん高くのぼって、甲板《かんぱん》の船具を海へ持っていって仕様がないというのであった。そのうちに水夫が三名、船員が一名、その高い浪にさらわれて行方不明となった。
舳で切り分ける波浪があまり高くて、そのために船員や船具がさらわれたと報告しても、知らないものは信用しなかった。
「なにしろ波浪が、檣《ほばしら》の上まで高くあがるんだぜ」
「冗談いうない。どんな嵐のときだって、舳から甲板の上へざーっと上ってくるくらいだ。檣の上まで波浪が上るなどと、そんな馬鹿気たことがあってたまるかい」
「いや、その馬鹿気たことが現《げん》に起っているんだから、全く馬鹿気た話さ」
そんな騒ぎのうちに、船橋《ブリッジ》でも秘《ひそ》かなる大騒ぎが起っていた。
「どうも不思議だ。機関部は十五ノットの速力を出しているというが、実測《じっそく》するとこの汽船は四十五ノットも出ているんだ」
「そうだ。たしかにそれくらいは出ているかもしれない。機関部の計器が狂っているのじゃないか」
「どうもあまり不思議だから、今機関部に命じてノットを零《ゼロ》に下げさせているんだがね」
そのうちに機関部からは、機関の運転を中止したと報告があった。
「なに、機関の運転を中止したって、冗談じゃない。今現に実測《じっそく》によると本船は四十ノットの快速力で走っているじゃないか」
「惰力《だりょく》で走っているのじゃないですか」
「そうかしらん」
といっているうちに、実測速力計の針は、またまたぐいっと右へ跳《は》ねて、速力四十八ノットと殖《ふ》えて来た。
「いやだね。エンジンが停って、速力が殖えるなんて、どうしたことだ。おれはもう運転士の免状を引き破ることに決めた」
「いや、俺は気が変になったらしい」
「わしは、もう船長を辞職だ」
わいわいいっているうちに、とつぜん大きな音響と共に、船体はひどい衝動をうけ、ぐらぐらと大揺れに揺れたかと思うと、今度はぱったり動かなくなった。
さあたいへん。頭が変だと思っていた船員たちは、周章《あわ》てて跳ね起きると甲板へとびだした。
すると、何というべら棒な話であろう。汽船の前には、美しい花壇《かだん》があった。又汽船の後には道路があって、自動車がひっくりかえっていた。右舷《うげん》を見れば、町であった。左舷《さげん》を見ればこれも町であった。これは変だ。やーい、海はどこへいった。
船員たちは、一同揃いも揃ってダブルで気が変になりそうであったが、中に気の強い者もいて、本船の位置について鮮《あざやか》なる判定を下した。
「おい、何といっても、これは、わが汽船は○○港の陸上へのしあげたのだよ。ここは○○市だ」
「そんなべら棒な話があるかい。○○港なら、まだ二日のちじゃないと入港できないんだ」
「馬鹿をいえ。お前たちの目にも、ここが○○市だってぇことが分るはずだ。ほら向うを見ろ。幾度もいってお馴染《なじ》みの木馬館《もくばかん》の塔があそこに見えるじゃないか」
「ははん、こいつは不思議だ。あれはたしかに木馬館だ。するとやっぱり本当かな、わが汽船が○○市に乗りあげたというのは」
そんなことをいっているところへ、船室から金博士が現れた。例の三つのトランクを軽々と担いで、舷《ふなべり》を越えて、花園へ下りようとするから、船員がおどろいて博士の傍《そば》へ飛んでいった。
「そんなところから降りてはいけません。第一、まだ税関《ぜいかん》がやってこないのです。トランクの中を調べないと、上陸は不可能です」
「厄介《やっかい》なことを云うねえ。じゃ、今開けるから、お前ちょいと見て置いて、後で税関へ見せるようどこかへ書いておいて貰おう。さあ見てくれ」
そういって金博士は、まるで箱師がトランクを開くような鮮《あざや》かな速さで三つのトランクをぽんぽんぽんと開いてみせた。
「さあ見てくれ」
云い出したからには、事務長、勢いよく赴《おもむ》くところ、何とも仕方がなく、開かれたトランクの内容《ないよう》如何《いかん》と覗《のぞ》きこんだ。が、途端に怪訝《けげん》な面持で、
「もしお客さん。これは税金が相当|懸《かか》りますぞ。いいですか」
「税金なぞかかる筈はない。全部身のまわりの品物だ」
「そうともいえませんね。だって、身のまわり品である筈の洋服もシャツも歯ブラシも見当りませんですぞ。詰め込んであるのは、ラジオの器械のようなものに、ペンチに針金《はりがね》に電池に、それから真空管《しんくうかん》にジャイロスコープに、それからその不思議なモートルにクランク・シャフトに発条《はつじょう》にリベットに高声器《こうせいき》に……」
「いくら
前へ
次へ
全7ページ中3ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング