数えてもきりがないから、もうよしたらどうじゃ。要するに右に述べたものは全部わしの身のまわり品だから、誤解して貰っては困る」
「尤《もっと》も、新品はないから、商品じゃないということは分ります。ではよろしゅうございます。品名だけはノートして置きますが、まず此場《このば》は税金を懸けないで、お通り願うということにいたしましょう」
「ほう、漸《ようや》く話がわかってきたね」
 博士は、その場に引き散らかされた道具を一生けんめい掻《か》き集め、トランクの中に入れて、蓋《ふた》をした。そして軽々と肩に担いだのであった。
「ちょっと待ってください。何だか空《から》のトランクを担いでいられるように見えますね。どれ、ちょっと持たせてみせてください」
 事務長がそのトランクをさげてみると、なるほど空のトランクのように軽い。
「はて、面妖《めんよう》な。あれだけ重い道具を入れて、こんなに軽いとは、まるで手品みたいだ。お客さん、あなたは早いところ、あの道具類をトランクから抜いて、どこかへ隠してしまいましたね」
「冗談いっちゃ困るよ。あの身のまわり品はちゃんと中に入っているよ。ほら、このとおり……」
 金博士は、わざわざ三つのトランクを、もう一度開いて事務長たちに見せてやった。
 道具類は、ちゃんとぎっしり詰まっていた。
「おかしいな」
 事務長は、その中《うち》から、小型のモートルを選んで、取り出した。
「おや、このモートルの重さだけでも、トランクより重いくらいだ。すると、或る重いAなる物品を入れたトランクBの総重量AプラスBプラスアルファは、元のAよりも軽い――というのは、どういう算術になるのかしらん。どうも式が成立たんように思うが」
「おい事務長さん。お前さんは中学校で算術の点が優《ゆう》か秀《しゅう》だったらしいね」
 と博士はいって、
「だが、わしのトランクに関するかぎり、そのような純真《じゅんしん》な算術は成り立たないのだよ。忙《せわ》しいから説明をしていられないが、しかしこれは事実なんだ。つまり、AはAプラスBプラスアルファよりも大なりという場合が有り得るんだ。この解法がお前さんに分ったら、お前さんに人造モルモットを一匹、褒美《ほうび》にあげてもいいよ」
「へえ、そうですかね。しかし私には、とても分りません。なんとか今、説明していってください」
「そうかね、聞きたいかね。それじゃちょっと説明しようかね」
 先を急ぐ筈の金博士は、そこで急にのんびり腰を据《す》えてしまって、
「いいかね。ここにABCDEなる五つの部分品があったとする。いずれも、重さは十キロずつとして、合計五十キロの重さのものだったとする」
「はい、その算術は分ります」
「ところが、そのABCDEの部分品を一処にして測《はか》ると、総重量がたった二十キロしかないんだ」
「そこがどうも分りませんなあ。一つ十キロのものが五個あれば、どんな場合でも総量は五十キロです」
「ところが、それが何とかの浅ましさというやつなんだ。いいかね。ABCDEの部分品をばらばらにして置いて一々測ると総計五十キロある。これはよろしい。その部分品を組合わせて測ると、これがなんと二十キロになる――という場合は、只一つある。それは、その部分品で組立てた器械が、重力打消器《じゅうりょくだしょうき》であった場合だ」
「え、重力打消器というと……」
「つまり、重さの源《みなもと》である重力を打消す器械のことを、重力打消器というのだ。つまり五十キロの部分品から成るその重力打消器は、組立てられることによって、三十キロの重力を打消す性能のものだったんだ。だから五十キロ引く三十キロで、残りは二十キロと出る。どうだこの算術は間違いなしによく分るだろう」
「うへーッ、こいつは愕《おどろ》きましたな」
 と、事務長は目を丸くして、
「それで何ですか、貴下のお持ちになっている三つのトランクの内容物は、いずれも重力打消器の全部分品なんですか。で、何でまあ重力打消器を三つも、ぶら下げて歩かれるのですか」
「折角《せっかく》だが、お前さんの想像力は、すこしばかり弱いよ。わしのトランクの中に入っている身のまわり品は、必要とあれば重力打消器を組立てることも出来るし、また必要とあらば、ラジオ送受信機《そうじゅしんき》としても組立てられるし、又或る場合には兵器――いやナニムニャムニャムニャ――で、つまりその又或る場合には、喞筒《ポンプ》みたいなものにも組立てられるのだ。どうだ、魂消《たまげ》たか」
「へー、さいですか。こいつはいよいよ愕きましたな。そしてお話を伺《うかが》っていると、そのトランクがだんだん欲しくなってきましたが、いかがですか、その一つを私にお分け下さるわけには……」


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「いや、それはまたこの次のことにしまし
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