千年後の世界に再生しながら、その世界を見ないで死ぬことが、たいへん残念だった。


     裸の女教授

 そのときだった。
 リリン、リリン、リリーン。
 警鈴が、とつぜん冴々とした音響をあげてひびき、密室内の空気をぱっと明るくした。
「あっ、来たぞ、来たぞ、ついに来たのだ。棺桶の蓋を叩いている者がある」
 棺桶の蓋を叩けば、この警鈴がリーンと鳴る仕掛けになっていたのだ。さあ助けられるのだ。それにつづいて、ひどい震動が伝わってきた。いよいよこの棺桶が開かれるのだ。
 昂奮がややおちついたとき、フルハタは、いったい誰がこの棺桶を開きにやってきたのかと、そのことにはげしい好奇心をわかした。それは、いよいよ彼のいる密室の扉がひらかれるというその直前に迫って、いっそうはげしさを加えた。
 どーんと扉がひらいたとき、小暗い外から一人の人間がとびこんできた。
「あっ」
 と、フルハタは、途方もない大きなこえをだした。それは非常な愕きのこえであった。彼の目がとらえた再生後はじめてのこの訪問者は、素裸であったからだった。それは文字どおりの素裸であった。しかもこの訪問者は、一目でそれと分る妙齢の婦人だったのである。フルハタは、羞恥でまっ赤になった。だが、この婦人は、顔を赤らめるどころか、いたって平気でフルハタの前に立った。
「フルハタ助教授。そうですね」
「そうです。フルハタです。扉をあけてくだすってありがとう」
「一千年前の世界に住んでいた一人類を、こうして発見したことはわたしのたいへん悦びとするところです。わたしは、あなたの記録を、百九十九区の防空劃を壊しているうちに発見したのですが、長い不錆鋼鉄管のなかに入っていました」
「ああ、そうでしたか」
 といったが、かつて友人たちが彼の埋没記録をそんなふうにして二百本の厳重な筒におさめ、方々の地下に埋めたり、また博物館に陳列してくれたのをおぼえていた。
「で、あなたの名は、なんとおっしゃるのですか」
「わたしのことですか。わたしはハバロフスク大学の考古学主任教授のチタです」
「えっ、主任教授! 失礼ながらそんな若さで、主任教授とは、たいへんなものですね」
 私は率直に愕きをのべると、チタ教授は笑って、
「ほほほほ。なにが若いことがありましょうか。今年で九百三回日の誕生をむかえるのですよ」
「えっ、するとあなたは九百三歳なのですね。
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