疑いを容れなかった。
階段を上ってから、厚い絨毯《じゅうたん》の上をずんずん奥へ進むと、紫色の重いカーテンが下っている前へ出た。
そのときカーテンの奥に人の気配がしたと思うと、
「野毛さん、帰って来たの」
と、女の声がした。[#天付きはママ]
その声に帆村は、胸を躍らせた。
(田鶴子の声だ!)
帆村はすかさず返事をした。
「へい、遅くなりやして……」
「仕様がないね。あたしが替りに怒られているのよ。早く謝ってよ」
「へいへい。――どうぞお手をおあげ下さい」
と、帆村はピストルを構えてカーテンの脇からぬっと入ったものの、彼は危く気が遠くなるところだった。その場の異様な光景! いや、世にも恐ろしき舞台面だ!
大きな純白の絹を伸べたベッドがある。そこに上半身を起している死神のような顔をした痩せ衰えた男。それと、その横に寄り添っている凄艶なる女性――それこそ田鶴子に違いなかったが、気味の悪い死神のような病人は何者?
田川勇ではない。
帆村のピストルが見えぬか、二人の男女は平然としている。男の手にあるシャンパン用の硝子盃へ、女は銀色の大きな容器から血のように真赤な酒をつぐ。
男
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