《あ》っ、先生どうなすったんです」
「何がです。私がどうかしましたか」
「ああ、どうなすったんです。先生の唇、血の気がありませんわ。紫色よ。気分がお悪いのですか」
帆村はこのとき春部の顔を見て、愕《おどろ》きのあまり大きく目を見開いた。
「カズ子さん、あなたの唇も紫色ですよ」
「まあ。わたくしの唇も……」
春部は、大きな声を出そうとして、周章《あわ》てて左手で自分の口を塞いだ。
「だが、もう訳が分りました。心配しないでいいのです。これは光線のせいです。ここを照らしている白っぽい光は、水銀灯が出す光線なんです。紫の方の波長の光線ばかりで、黄や赤の光線が殆ど欠けているから、赤いものでも紫または黒っぽく見えるのです」
「まあ、どうしてそんな気持のわるい光線でここを照らしているのでしょう」
「そこですよ、謎の一つは……」
帆村は歎息した。
「向うに見える『戸ろ』とは何だ。それんばかりの謎がとけなくてなんの帆村荘六か。戸の『ろ』号だ。『ろ』だ、『ろ』だ。『ろ』は何だ。そうだ、戸の『ろ』号があれば『戸ノい』があってよろしい。『戸ノは』もあってよろしいわけ……『戸い』、『戸ろ』、に『戸は』……
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