骸が一年以上経ったあとでなくては起らないですよ。それも、特別に池の底をかきまわしたときに限るので、水が静かになれば、あのような布片もとっくの昔に水と同じ比重になっているから浮いて来ないものなんです。浮いて来る以上は、池の底を何者かがかきまわしているか、さもなければ……さもなければ、あの布片は極く最近、破れやすい新聞紙か何かに包んで池の中へ投げこまれ、その紙包が破れたため、まだ水を十分に含んでいないあの布片は水よりも軽いからああして浮き上って来る――この二つの場合しか考えられないですね」
帆村のこの分析を、春部は感動を以て聞き取った。
「すると田川の死骸は、今池の底に沈んでいないと断言なさるのですか」
「そういう理屈になるというわけです。恐らくそれに間違いありません。が、何故あのように裏地の布片が中から浮いて来るか、この説明は今直ぐにつかないですね。しかしこれは直接田川君の死を決定するものではない。田川君の生死の鍵は、むしろあの千早館の中にあるのだと思います。それも今、相当切迫した状態にあると思うんです。ですから春部さん、池の方は今はこれくらいにして置いて急いで私たちは千早館の中へ入っ
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