く千切った布片のようなものが浮いている。
(もしあれが、本当に田川の服の裏地だったとしたら[#「だったとしたら」は底本では「だったとした」]、どういうことになるのか)
帆村は、それが極めて稀《まれ》な場合だと思いながらも、考えてみないでいられなかった。そのとき春部はその布片を更に採取するために竹竿を身構えた。
「あ、お待ちなさい」
帆村が突然大きな声を発した。春部は愕いて帆村の方を振返った。
「……よくごらんなさい。あそこを。あなたのいった布片は、静かに池の底から浮き上がって来るのですよ。よく見てごらんなさい」
なるほど帆村のいうとおりだった。毛のような黒いやつが、灰白色の水の中から静かに水面へ浮び上って来て、やがて静止するのであった。春部の愕きは大きかった。
「見えますわ。でも、どうしてでしょうか。……まさか田川の死骸が池の底に沈んでいるのではないでしょうね。ああ……」
春部は、そうでないことをひたすら祈った。
「そうではないと思います。仮りに池の中に田川君の死骸があったとしても、着ている服の裏地があんなにこまかくぼろぼろになって、池の面へ浮きあがって来るためには、少くとも死
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