鋏《はさみ》でつまんだ髪の毛のようになっているんですが、それが池の中に浮いているんです……」
「間違なしですか。見誤りじゃないでしょうね」
「いいえ、決して間違いではありません。わたくしは念のために、竹を拾って池の水に漬《つ》け、そのこまかく切られた服の裏地をそっと引揚げたのです。これがそうです。この瑠璃《るり》色とくちなし[#「くちなし」に傍点]色と緋色の絹糸を、こんな風に織った服の裏地は、わたくしがあの人へ贈ったもので、他にはない筈のものです。どうしてあの人の服の裏地が、あんな池の中に浮いていたのか、ああ、恐ろしい……」
「なるほど。そうだとしたら、これは重大だ」
「ねえ帆村さん。千早館の入口を探すよりも、あの池をさらえる方が急ぎますのよ。もしもあの池の中に、あのひとの死骸が沈んでいたら……ああ、いやだ、いやだ」
「お嬢さん。気を鎮《しず》めなければいけませんよ、まだ、そう思ってしまうのは早い……」
「でも、わたくしは、もうじっとしていられません。下へ行って人を呼んで来て、あの池をさらって貰います」
「待ちなさい、春部さん。今が大事なところだ、私が――」
といいかけた帆村は突然口
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