り。
  春部カズ子さま。
「なるほどねえ……」
 と帆村は沈思し、春部カズ子も黙したままにて帆村の面《おも》に動く一筋の色も見のがすまいとこちらを凝視し、しばし時刻はうつろのままに過ぐる。耳にたつは、煙突の中、がらがらと鳴り始めた焔の流れのみ。
 ややあって帆村は顔をあげ、麗しき客の面を見た。二人の視線はぶつかった。しかしいずれの視線も氷のように凍《こお》りついていた。普通の場合だったら、どちらもぱっと頬を染めたであろうに。
「今日は三月二十七日ですね」
「はあ」
「もっとも、この次、時計が鳴れば二十八日になりますが……。この手紙の日附より一週間後といえば、二十五日に七日を加えて、つまり、四月一日となる。ははは、春部さん、失礼ながらあなたは田川君から四月馬鹿で担《かつ》がれているんじゃありませんか」
「いいえ、そんなことはございません」
 言葉と共に、彼女の小さい靴がこつんと床を踏み鳴らした。真剣な光を帯びた大きな眼。
「よく分りました。全力をつくしてあなたの田川君を探し出しましょう。あと四日の余裕がありますから、その間に解決してしまいたいものです」
「どうぞ、そうお願いいたします。
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