ぐ暗くなります。……ではどうぞ、お話をお続け下さい」
 そういって帆村探偵は、麗《うるわ》しい年若の婦人客に丁寧な挨拶をした。
 鼠色のオーバーの下から臙脂《えんじ》のドレスの短いスカートをちらと覗かせて、すんなりした脚を組んでいる乙女は、膝の上のハンドバグを明け、開封した一通の鼠色の封筒に入った手紙を出して、帆村の方へ差出した。
「これがそうでございますの。どうぞ中の手紙を出してお読み下さいまし」
 憂《うれ》いの眉を持ったこの乙女の、声は清らかに、鈴を振るようであった。
 帆村は肯いて、封筒を受取ると、中からしずかに用箋を引張りだして、彼の事務机の上に延べた。高価な無罫白地の用箋の上に、似つかわしからぬ乱暴な鉛筆の走り書で認めてある短い文面……。
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 ――月姫のごとく気高き君の胸に、世の邪悪を知らせたくはないが、これも運命、やむを得ない。あと一週間して、もしか僕が貴女の前に現れなかったら、僕のことは永劫に忘れて呉れ給え。決して僕の跡を追うなかれ。四方木田鶴子を信ずるなかれ、近づくなかれ。さらば……。
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[#地付き]三月二十五日。田川勇よ
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