いといったらないってよ。そして寝る部屋はおろか、住む部屋さえ見当らないということよ」
「じゃあ現在、誰も住んでいないんだね」
「魔性の者なら知らぬこと、まともな人間の住んでいられるところじゃない」
魔性の者? 横で聞き耳を欹《そばだ》てていた春部は、どきんとした。
「ねえお婆さん。千早館を見物に、同じ女がちょくちょくやって来るのを知らんかね。背のすんなりと高い、顔の小さい、弁天さまのような別嬪《べっぴん》だが……」
帆村は、ちょっとかまをかけた。
「ああ、あの女画描きかね。あの女ならちょくちょく来るが、ほんとに物好きだよ。物好きすぎるから嫁にも貰い手がなくて、あんなことしているんだろう」
「その女画家は、千早館に泊るんかね」
「いいや、聖弦寺《せいげんじ》に泊るということだよ。聖弦寺というのは、千早館の西寄りの奥まったところにあるお寺のこんだ」
「寺に女を泊めるのかね」
「なあに、住職なしの廃寺だね。そこであの女画描は自炊しているという話じゃが、女のくせに大胆なこんだ」
「お婆さん。その女画家から何か貰ったね」
「と、とんでもねえ。わたしら、何を貰うものかね、見ず知らずの阿魔《あま
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