、はっきりするでしょう。ああ、あなたは、私が田鶴子ばかりを睨《うかが》っているように見えるもんだから、それで不満なんでしょう」
「ええ。でも田川より田鶴子さんの方がずっと探偵事件的に魅力があるんですものね、仕方がありませんわ」
「冗談じゃないですよ、春部さん。私はあなたの御依頼によって田川氏の行方を突き停めようとしてこそあれ、あの今様弁天さまの魅力に擒《とりこ》になっているわけじゃありませんよ」
春部は、何とも応えなかった。と、ゆるやかながら一つの峠を越えて、正面の眼界が一変した。左手の方が一面に低い雑木林となり谷を作りながら向こうへ盛りあがり、正面の切り立ったような山の裾にぶつかっているが、その山の麓《ふもと》に、奇妙な形の洋館が、まわりに刑務所のような厳しい塀をめぐらせて、どきつい景観となっていた。朱色の煉瓦を積んだ古風な城塞のような建物であった。そして外廓は何の必要があってかふしぎにも曲面ばかりを持っていて、平面が殆んど見当らない。なんのこと長い腸詰を束にして直立させたような形だった。永く見詰めていると顔が赭くなるような、そしてふと急に胸がわるくなって嘔吐を催し始めるような、実に妙な感じのする建物だった。……二人の足は竦《すく》み、そして二人はしばらくはものもいわず、その煉瓦館に見入っていた。それは間違いなく、千早館だった。
「出来るだけ近くまで行ってみましょう」
帆村が、やっとそれだけをいって、春部をふりかえった。春部は肯いた。帆村は彼女の方へ自分の腕を提供した。二人は愛人同士のようにして、林の間を縫う坂道を下って行った。
「あんな気味のわるい建築物は始めて見ましたわ。悪趣味ですわねえ」
春部の声は、すこし慄えを帯びていた。
「日本人の感覚を超越していますね」
「しかし人間の作ったものとしては、稀に見る力の籠り工合だ。超人の作った傑作――いや、それとも違う……魔人の習作だ。いや人間と悪魔の合作になる曲面体――それも獣欲曲面体……」
「えっ、何の曲面体?」
このとき帆村は、はっと吾れにかえり、
「はっはっはっ。いや、ちょっと今、気が変になっていたようですよ、突然あんなものを見たからでしょう」
帆村のさしあげた洋杖《ステッキ》の先に、雑木林の上に延び上っているような千早館のストレート葺《ぶ》きの屋根があった。
「あれは古神子爵がひとりで設計なすったんで
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