、雪の中に高い幹を黒く見せている杉の木立の間を、何か青味がかったものが、煙のようにゆらいでいるのをみとめたのだった。
(誰か、あんなところで焚火《たきび》をしている?)
 と、始めは思ったそうだが、それにしても焚火にしてはおかしい。煙にしては色が青すぎるし、そして雪の降り積っている、下の方には見えず、杉の梢に近いところを、まるで広い帯が宙を飛んでいるように見えたので、はっと胸をつかれた。五助はあやうく声を出そうとして、ようやくそれを停めた。後には妹のお雪がついてくるので、ここでへんな声などをあげようものなら、お雪はおそろしさのあまり、気絶してしまうかもしれないと思ったからである。
 五助は気をしずめようと、一生けんめいつとめながら、なおも怪しい青いものの姿を見つづけた。するとその怪しいものは、急に杉の幹を伝わって下りたように見え、雪の上を匐《は》って道の方へ出てくると見えたが、その瞬間、ぶるっと慄《ふる》えたかと思うと、かき消すように、その姿は消えうせたという。
 五助はそこでもう道を引返そうと思ったが、兄が待っていることを思い、また妹をおどろかせることを心配して、自分の気を引立てると、そのまま、歩行をつづけたそうである。
 が、やがて恐ろしい関門《かんもん》にさしかかった。その地蔵の森の前を、どうしても通りぬけねばならないのだった。五助はいざというときは、その怪物と組打をする決心をし、他方どうかその怪物が出てくれないように祈りながら、森の前にさしかかった。
 幸いに、怪物の姿はどこにも見あたらなかったし、呻《うな》り声も聞えなかった。ただ見つけたものは、雪の中に凹《へこ》んだ足跡らしいものが、点々としてついていたことだった。その足跡らしいものは、もちろん人の足跡ともちがい、また動物のそれでもなく、舟の形をして縦に長く、そしてまわりからゆるやかに、中心へ向けて凹んでいたのである。森の前を通り抜けるとき見たのはそれだけだった。
 五助は、そこを抜けると、お雪をはげまして、急に足を早めた。一刻も早く、その気味のわるい森から遠ざかりたいためだった。何もしらぬお雪は、五助の早足を恨《うら》みながら、息を切らしてついてきたという。
 それからまた一里ばかり山を入って、兄一造のこもっている雪穴についた。五助はあのことを早く兄に話をしたく思ったが、妹がいるのでそれをいいかねた。帰りぎわになってやっとその機会が来た。一旦道へ出た五助は、忘れものをしたように装いながら、雪穴へ引返して、兄にその魔神を見た話をしたのだ。
 一造はその魔神の話を一笑に附した。第一地蔵の森は、青髪山よりずっと下にあること、またその足跡と見えたのは、雪を吹きつけた風の悪戯《いたずら》であること、それから雪の中では眼が変になって、よくそうした青いものを見ることがあることなどをあげて、それは青髪山の魔神ではないと結論したのだった。せっかくの一造の説明も五助の疑惑をすっかり払うほどの力はなかった。――まあ、こういう話だった。
「彦くん。いよいよ来たよ。地蔵の森だ」
 五助が叫んだ。
「ああ、地蔵の森か。魔神は見えるかい」
「いや、今日は出ていないや」
 雪はやんでいた。見とおしはよかった。地蔵の森の木立も、硝子にとおしたように、はっきり見えていた。なるほど、五助のいう魔神らしき怪しい影は何も見えなかった。
「今日は足跡もついてないや」
 五助は、森の前を通り抜けるときに、そういった。彦太は笑った。しかし五助は笑わなかった。
 それから一里の苦しい雪の山道が始まった。折悪しく急に風がかわって、粉雪が渦をまいて落ちだした。いよいよ吹雪になるらしい。二人の少年は、道の真中に立ちどまって、魔法壜からあつい茶をくんで呑み、元気をつけた。それからまた雪道へ踏み出した。
 二時間あまりの苦しい登山がつづいた。二人の少年は、全身汗にまみれ、焼けつくような熱さを感じた。
「五助ちゃん。まだ兄さんの雪穴までは遠いのかい」
 彦太は、雪になれていないので、ややへばったらしい声を出した。
「もうすぐだ。あそこに峯が見えているだろう。あの裏側だから、そこの山峡を過ぎると、観測所の雪穴が見え出すよ」
 彦太は返事の代りに、重い首を振った。
 そのときであった。とつぜん四、五発の銃声が聞えた。どどん、どんどんと、はげしく雪山に響いた。音のしたのは、どうやら峯のあたりである。
「銃声だ。どうしたんだろう」
「何かあったんだ。しかし誰が撃ったんだろう」
「早く行ってみよう。兄さんの雪穴へ……」
 二少年は顔色をかえ、雪をかくようにして前へ急いだ。


   雪崩《なだれ》だ!


「兄さーん。どうしたんです」
「一造兄さん。今行きますよウ」
 五助と彦太は、かわるがわる叫びながら、一秒でも早く一造のいるところ
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