は、なぜだろうか。あ、そうか。ひょっとすると、その山がどこかというのが秘密なのではあるまいか。そしてその山からは、やがて尊《とうと》い鉱脈《こうみゃく》でも発見される見込みがあるのではなかろうか。
 そう考えた彦太は、また遠慮なしに、そのことを五助にいった。すると五助は、一言のもとに打消した。
「ちがうさ。うちの兄さんは、そんな欲ばりじゃないよ」
「じゃあ、どこの山。山の名を聞かせてくれたっていいだろう」
 彦太は五助を追いつめた。五助は見るもかわいそうなほど悩みの色をうかべていたが、やがて決心したものと見え、立上って彦太の傍へ席をうつした。そしてあたりを見まわした上で、彦太の耳の近くで低い声を出した。
「誰にもいっちゃいけないよ。そして君もおどろいてはいけないよ」
「誰がそんな秘密をもらすものかい。もちろん、おどろきやしないよ」
「さ、どうかなあ。で、その山というのはね、あの青髪山《あおがみやま》なのさ」
「えっ、青髪山! あの、誰も近づいちゃいけないという……」
「大きな声を出すなよ」
 ふーんと彦太は呻《うな》った。彼の顔色は、とたんに青ざめていた。青髪山か。青髪山ならたいへんである。青髪山には昔から魔神《まじん》がすんでいるという話で、そこへ入った者は無事に里へもどれないそうだ。猟師だって、どんないい獲物を追っていても、その青髪山には近づきはしない。
 そのような怪山の雪の下に穴を掘って観測を始めた一造兄さんが、誰にも語るなと命令したのはもっともだ。しかし一造さんは勇気がある。それはともかくあの奥深い青髪山まで、丈余《じょうよ》の雪を踏んで三日ごとに兄のため食物をはこぶ友の身の上を考えると、気の毒でならなかった。
 そのとき五助は、さらに彦太の方へすり寄っていった。
「実はね、一造兄さんはね、この冬こそ、青髪山の魔神の正体をつきとめてくれると、はりきっているんだよ」
「魔神の正体をだって。しかしそんな器械で魔神の正体が分るだろうか。第一、あの山に魔神がすんでいるなどというのは伝説なんだろう。誰もほんとうに見た者はないんだから……」
 彦太がそういうと、何思ったか五助は友の腕をしっかりつかみ、耳に口をあてた。
「ところがね、彦くん、魔神は実際あの山に居るんだよ」
「うそだよ、そんなこと」
「だって……だって見たんだよ、この僕が!」
「ええっ、君が魔神を見たって……」
 彦太はそれを聞くと頭がふらふらした。


   魔神《まじん》の山


 五助と彦太とは、身をかためて、粉雪のちらちら落ちる戸外へ出た。頭には雪帽を、身体には簑《みの》を、脚には長い雪ぐつをはき、かんじきをつけた。そして二人の背中には、食料品と燃料と水と酒とが、しっかりくくりつけられた。青髪山《あおがみやま》の雪穴の底で、観測をつづけている一造へとどける生活物資だった。
「彦くん、やっぱり君は行かない方がいいよ。お雪を連れていけばいいんだから」
 お雪というのは五助の妹だった。いつもは五助とお雪の二人で青髪山へ登るのであった。
「いいよ、いいよ。今日は僕が手伝う」
 彦太は、いくら兄のためとはいいながら、自分よりも年下の女の子があの恐しい青髪山へ登るのを、黙って見物しているわけにいかなかった。ことに今日は吹雪になるらしい天候で、お雪が行けばどんな苦労するかしれないと思うと、だんぜん彦太は自分が身代りになることを申出たのだった。
 お雪は、雪の往来まで送ってきた。はずかしそうにうつむき勝ちだったが、彦太にたいへん感謝しているのがよく分った。
 五助が先に立ち、その後に彦太がつづき、雪の道をいよいよ歩きだした。幸いに人の目にもふれず、うまく青髪山への遠い山道の方へ曲ることができた。粉雪は、だんだん量を増して、二人の少年の姿を包んでいった。五助のかんじきが、三歩に一歩は深く雪の中にもぐった。
「三日前に来たときよりも、二尺ぐらい雪が増したね」
 五助が、そういった。
「疲れたら、僕が代って、前を歩くよ」
「なあに彦くん、大丈夫だ」
 深い雪の山道の傾斜がひどくなった上に、重い荷を背負っているから歩行がたいへん困難になった。二人の少年は、もう、ものもいわず、あらい息をはきながら雪の道をのぼって行く。
 彦太の方は割合に楽であった。五助の後からついて行けばいいのだ。五助が踏みかためてくれた、かんじきの跡を踏みはずさなければいいのだった。
 彼は歩きながら、さっき五助から聞いた青髪山の魔神を見た話を頭の中に復習した。
 五助は、この前の登山のとき、その魔神を森の中にたしかに見たそうである。その森は、それから二十丁も奥にある杉の森で、地蔵様が立って居られるところから地蔵の森といわれているところだ。
 ちょうど行きの道だったが、五助が前方約二百メートルに、この森を見たとき
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