へ近づこうと、一生けんめいに走った。
観測所のあるところへは、山をぐるっと、一まわりしなければならない。二少年は好が気でないが、雪に足をとられて、思うように足がはかどらない。
それでもやっとのことで、一造の籠《こも》っている雪穴の入口までたどりついたが、そのときはもう銃声が聞えてから二十分もたった後であった。
「兄さん、兄さん」
「どうしたんですか、さっきの銃声は……」
二少年は、そう叫びながら、身体についた雪をも払わないで、雪穴の中へとびこんだ。
「おや。兄さんは見えないぞ」
五助は、観測室の中できょろきょろ。
「じゃあ、外へ出たんだろうか」
彦太はすぐ穴から外へとび出した。そして、あたりの雪の上に目を走らせた。
「分ったかい」
五助が穴から出て来た。
「いや、分らない。でも、ほら、雪の上には僕たちの足跡の外《ほか》に誰の足跡もついていないよ。すると兄さんは外へ出ないわけだ。やっぱり穴の中だよ」
「そうかしらん。しかしへんだね。穴の中には、たしかにいないんだがね」
二少年はもう一度、穴の中に入った。そして、しきりに一造を呼んでみたが、やっぱりその返事は聞かれなかった。
「おかしいねえ、あかりがいつもついているんだが、今日は消えていらあ」
「そうだ、暗くて分りゃしない。あかりを早くおつけよ」
「どこだったかなあ、電池のあるところは……」
五助は奥の方へいって、手さぐりでそこらをなでまわしていたが、とつぜんおどろきの声をあげた。
「ああ、たいへんだ。電池がひっくりかえっている。……おや、いつの間に掘ったんだろう。穴の奥が深くなっているぞ」
と、そのときである。どこからともなく、ごうッという音が聞え始めた。すると雪穴の外にいた彦太がとびこんできた。
「五助ちゃん。早く外へ出ないとあぶない。雪崩《なだれ》がやって来たぞ」
「えっ、雪崩。それはたいへんだ」
「早く、早く……」
二少年はころがるようにして雪穴の外へ出た。ぱらぱらと、雪のつぶてが降って来た。
「向こうへ逃げよう。彦くん、早く……」
五助は先に立って、反対の山の斜面へ、兎のようにかけのぼっていった。
二少年の背後に、すさまじい響《ひびき》が起ったが、それをふりかえる余裕もなく、二人はなおも一生けんめいに斜面をはいのぼった。息が切れる。心臓が破裂しそうだ。
響が小さくなったとき、二少年は始めて生命を拾ったことを知って安心した。二人とも雪の中にぶったおれて、しばらくは起上る元気もなかった。
やがて二人が元気をとりもどして雪の上にむっくり起上ったとき、雪はもうやんでいて、あたりは明るさを増していた。そして二人の目にうつったものは、ものすごい雪崩のあとであった。さっきまで二人が走っていたところは、もうすっかり雪の下になっていた。観測所のあった雪穴なんか、もうはるかの底になってしまった。
「ああ、こわかったねえ」
「もう死ぬかと思ったよ。兄さんはどうしたかしらん」
「さあ、困ったねえ」
とうとう一造の所在をたしかめないうちに、このとおり雪崩になってしまったのだ。一造の生死のほどが一層心配になってきた。彦太は何とかして五助を安心させたいと思ったけれど、そんな材料はなんにも見あたらなかった。だが一つ、そのとき気がついたことがある。
「五助ちゃん。今ごろ雪崩が起るというのはへんだね。まだ早すぎるじゃないか」
「そうなんだ」と五助はうなずいた。
「しかしさっきの銃をうったあの響で、雪崩が起ったのかもしれない」
「そんなことがあるもんかなあ」
「たまにはあるんだよ。しかし、どっちかといえば、めずらしい出来事だ」
五助の語るのを聞いていた彦太はそのとき五助の手首に赤く血がついているのを見つけて、おどろきの目をみはった。
「五助ちゃん、怪我をしているじゃないか。手から血が出ているぜ」
「えっ、手から血が出ているって……」
五助もおどろいて、急いで自分の両手を見た。なるほど手首のところに、いっぱい血がついている。
「どこから出血したのだろう。別に痛みも感じないのにねえ」
よく調べてみたが、ふしぎにも、どこにも傷口が見つからない。
「どこにも、怪我はないんだがねえ」
「でもへんだね。ちゃんと血がついているんだからね。ずいぶんたくさんの血だよ」
彦太も、ともども調べてやったが、たしかに五助はどこにも傷をうけていないことが分った。
「ふしぎだねえ。どうしたんだろう」
「全くふしぎだ。気味が悪いねえ」
「ああ分った」
「分ったって。どういうわけなの」
「そのわけは……困ったねえ」と彦太は困った顔をしながら「でも五助ちゃん、悲観しちゃだめだよ。つまりあの雪穴の中に血が流れていたんじゃないか。その血が君の手についたのかもしれない」
「あっ、そうか」五助は、そういって、さっと
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