顔色をかえた。「すると一造兄さんが穴の中で……」
「さあ、それはまだほんとうかどうか分らないんだ。雪穴を掘りだした上でないと、確かにそうだといえないよ。だから気を落すのはまだ早いよ」
彦太は五助を一生けんめい、なぐさめたが、心の中では、これはたいへんなことになったぞ、と思った。
「五助ちゃん。山を下りよう。そしてこのことを皆に知らせようや」
「そうだ。村の人にそういって、雪崩の下から雪穴を早く掘りだして見なければ……」
五助と彦太とは、雪の中に幾度もころびながら、大急ぎで山を下りた。
すこし早すぎる雪崩のこと、一造の行方不明のこと、五助の手首についていた血のこと――二人が知らせた変事は、すぐ村中にひろがった。すぐさま救援隊がつくられ、一同は青髪山の現場へかけつけ、そこで雪掘りが始まった。
果して雪崩の下から、どんな怪しい事が掘りだされるだろうか。
雪とけて
変事を知ってかけつけた村人たちは、雪の中に一生けんめいに雪崩《なだれ》のあとを掘りかえした。しかし仕事は思うように進まず、やがて夜が来た。ふもと村からはこばれた薪《まき》があちこちにつみあげられ、油をかけて火をつけると、赤い焔《ほのお》はぱちぱちと音をたてながら燃えさかり、雪の山中はものすごく照らし出された。掘出作業は、夜中つづけられたが、それでもまだ目的をはたすことができなくて、ついに暁をむかえたが、どこまでも不幸なことに、その頃になって、またもや猛烈な大吹雪《おおふぶき》となってしまった。それは今も気象台の記録に残っている三十年来の大吹雪の序幕だった。
そうなると、もう人間の力ではどうにもならなかった。人々は涙を流しながら、山はそのままにして、生命からがら、ふもと村へ引きあげねばならなかった。その中には五助も彦太もまじっていた。
あの変事も、記録やぶりの大吹雪も、共に青髪山の魔神のたたりだといううわさが、その後その地方にひろがったのも、ぜひないことであったろう。
それから数ヶ月の日がたった。
五月の半ばすぎのある日、五助の家へひょっくりと彦太がすがたをあらわした。休みでもないのにどうしたのかと、五助はいぶかりながら、うれしく彦太をむかえたが、彦太の話では、東京はひどい食糧不足のため、学校は当分のうち授業が休みになったということだった。五助は、へえそうかねと目を丸くしておどろいた。
「あれから、青髪山へ行ったかい」
と、彦太は五助にたずねた。
「いや、行かないよ。行かれないんだよ、彦ちゃん」
「なぜさ」
「だって、この村では、青髪山の魔神のたたりがおそろしいといって、もう誰も山へのぼらせないことになったんだ」
「それはおかしいね」と彦太は口をとがらせていった。「青髪山の魔神をこわがるなんて迷信だよ。そんな迷信をかついでいたのでは、いつまでたっても日本は世界のお仲間にはいれないよ」
「だって、僕だって青髪山を思出してもぞっとするからね。地蔵の森にあやしい帯みたいなものがとんでいたこと、舟のような形をしている足跡、一造兄さんが行方不明になるし、大雪崩はあるし、それから大吹雪――そうそう、それにあのとき僕の手が血だらけになっていたことを君もおぼえているだろう。こんなにあやしいことだらけだもの」
そういった五助の顔には血の気がなかった。彦太は首を左右にふって、
「だめ、だめ。そのようにおびえていては、いつまでたっても正体をつかむことはできないよ。さあ、これから僕といっしょに青髪山へ行ってみよう。もう山の雪はとけているだろうね」
と、強い声でいった。
五助ははじめ気がすすまなかったけれど、彦太にはげまされ、迷信をやぶった方がいいと思い、それにほんとうは兄の遺骸《いがい》でも見つけて葬ってあげたいと思っていたので、ついに彦太のことばに従って、ひそかに二人で青髪山へのぼることに心をきめた。
用意は前の日にし、翌朝まだ暗いうちに二人の少年は村をあとにして山のぼりをはじめたのだった。雪はとけていた。春の山草の香がぷんぷん匂っていた。そして朝日が東の山の上に顔を出すころ、ちょうど青髪山の峯についた。
兄一造のこもっていた穴の入口を見つけることは、そんなにむずかしいことではなかった。もちろん雪はなく、入口は半くずれになっていた。二人はその前に立って、顔を見合わせた。五助の目にはきらりと涙が光った。
「元気を出して、そして、おちついて物事を考えなければいけないんだよ」と彦太が大人のような口をきいた。「この前、僕たち二人がここへのぼった日の三日前に、五助ちゃんはお雪ちゃんといっしょにここへ来て、一造兄さんの元気なすがたを見たんだったね」
「そうとも」
「そこまでは無事だったが、僕たちが山をのぼって来ると銃声がきこえ、それからここへかけつけると、穴の中に一
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