間もなく独逸《ドイツ》へ遊学にでかけました。兄はたった一人の同胞に別れるのが大変に辛いと申しました。しかし兄は、長い間のはげしい恋をしてやっと獲ることの出来たいわば恋女房と、これからは差向《さしむか》いで暮すわけなのですから私は唯もう兄の弱気を嗤《わら》って独逸へ出発いたしました。それは今から三年前の冬のことなのです。私はカールスルーエの高等工学院に旅装をとき機械工学の研究のため学校の中に起居していました。そこでは人に応接する面倒もなく、穴蔵の中で自由な研究時間を持つことが出来ました。故国からは、たまに兄や嫂からの手紙を受けとりましたが、文面の隅から隅まで、まるで薔薇《ばら》の花片を撒《ま》きちらしたように、桃色の幸福に充ちて居り、不吉な泪《なみだ》のあとなどはどんなに透《す》かしてみても発見することができなかったのでした。赤耀館の悪魔は、もう十年この方、姿を現わさない。悪魔は我が家の棟《むね》から永遠に北を指して去ったものとばかり思って、すっかり安心をしていました。
 それだのに、一昨年の春になって、悪魔は突然、我が家のうちに再び姿を現わしました。悪いことには、悪魔は十年の間、血に飢
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