発作《ほっさ》を起して、流石《さすが》の百合子も介抱に困《こう》じ果ててしまうことさえ稀《まれ》ではありませんでした。そうしたときに、嫂の感情を和《やわら》げる唯一つのものは、寄港地や船から打って寄こす、簡単な私の電文であったそうです。
 其の年は不思議な気象状態で、七月の半を過ぎても、夏らしい暑さは来ず、途上の行人はいつまでもネルやセルの重い単衣《ひとえ》に肌をつつんで居りました。それは七月三十日のことです。嫂《あによめ》はいつになく機嫌がよく、朝からそわそわと衣裳を出して眺めたり帯上げをあれやこれやと選りわけたりしていましたが、気に入ったのが見付かったのか、着物を着換えると、行先も言わず、ただ東京まで行って来るからと百合子に言いのこした儘、外出いたしました。ところが嫂は、その夜遅くなっても帰って来る様子がなく、眠りやらぬ百合子は遂に次の日の暁が、東の窓から明るく差し込んで来るのを迎えました。今日こそおひる頃までには帰って来るであろうと、眠さも忘れ唯不安な気持一杯で待ち尽しましたが、これも亦《また》空しい期待に終りました。それから夕陽が赫々《かくかく》と赤耀館の西側の壁体に照り映える
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