したが、泥田のように多勢の人々によって踏み荒された室内の有様を一目見た警部は、とうとう怺えかねたものと見えて「しようがないなア、チェッ」と舌打ちをしたことです。
 実験室で早速訊問が開始せられました。嫂、百合子、勝見やボーイ、女中をはじめ、看護をした医学者たちを通して知ることの出来た事実は、極く僅かなものでした。それを綜合してみると、兄は九時の無線時報信号を聴取するために、その時刻にこの室を訪れたこと、しかし連《つ》れがあったか、又は無かったかは不明なること、レモナーデのコップは兄が持って来たのか又は他の人が持って来たのか不明であるが、兎も角も卓子の上にのっていたこと、但しボーイは兄にレモナーデを手渡しした覚えのないこと。兄の死は急死であり、時刻は九時から九時十五分までの間であること、凡《およ》そこればかりの貧弱な材料でした。
 医学者に対しては、病死と変死との孰《いず》れであるかという質問が発せられましたが、その答えはどれも不決定的なものであり、解剖を待つより外に死因を決定する手段はあるまいとのことでした。警部は早速屍体解剖の手続をとるよう部下の警官に命じました。
 兄の死の前後の様
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