は勝見に暇を出したくはあったが、例のことを喋《しゃべ》られるのを恐れて、絶対に馘首が出来ない。それでますます、勝見が悩しき存在となって来たのでありました。
ところが、兄は更に勝見に対するこだわりを深くしなければならないことになったのです。いや、そればかりではなく、彼の恋女房である綾子をさえ、真面《まとも》に見ることができなくなったのです。それは、勝見が笛吹川画伯の埋葬を済ませて帰って来てから、一週間ほどのちの出来事でした。兄が綾子の室へ用事があって扉《ドア》の把手《ハンドル》に手をかけたとき、何事にも気が付かないような熱心さで、綾子と勝見が言い合っているのを聞いてしまったのです。
「笛吹川さんは、ほんとうに死んだの」
「本当でございます。お疑いならば日暮里の火葬場へお尋ね下さい。それから画伯の骨を埋めた今戸の瑞光寺へお聞き合わせ下さい。しかし何故、奥様はそんなことをおっしゃるのです」
「わたしには、あの人が死んだように思われないの。あの通りエネルギッシュな笛吹川さんが、そう簡単に死ぬもんですか。ことに心臓麻痺で頓死なんて、可笑《おか》しいわね」
「可笑しくても仕方がありません。画伯は
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