は意外な面持で声をかけました。
「そりゃ君、犯罪となにか関係があるのかネ?」
「判りきったことを聞くじゃないか。犯人も自分の画像がこんな無神経な器械の中に、自記《セルフレコード》されていようとは思っていなかったろう」
「どこにか写真仕掛けでもあって、犯人の顔がうつっているのかい」
「じゃないんだ。ほら見給え、この紫の曲線を。こいつを飜訳して見ると、犯人の画像が、ありありと出て来ようという寸法さ。しばらく質問を遠慮して呉れ給え」
 赤星探偵は、紫の曲線を睨みながら、計算尺を左右に滑らせたり、紙の上に数字を書きとめたり、算盤をパチパチとはじいたりしていました。そうかと思うと、急に立上って入口の方へとんで行き、捲尺を伸して入口の寸法をとったり、空気ぬきの小窓の大きさを調べたりするのでありました。尾形警部はこれをうち眺め、唯もう目をパチパチするばかりで、探偵から言いつかった配電盤の上を注意することさえ忘れているようでした。
「どうしたんです、尾形さん。パイロットの赤ランプが点いているじゃありませんか、さあこれから、すこし面倒な実験をやります。尾形さんは、私の言ったように、外に居て、私達の持って来たX線の装置を壁に添い、静かに動かして呉れ給え。此の室は暗室にして、私が独り居ましょう。お嬢様は外へ出ていらっしゃってもよろしいし、おいやでなければ此室に居て下さい。なにか面白いものをお目にかけられるかもしれないのです」
「私はこの室に居とうございますわ」
「そりゃ勇しいことですな。ですが、私の許しを得ないで無暗に動き廻ると、X線を浴びて石女《うまずめ》になるかも知れませんよ。はっはっ」
「まア」
 赤星探偵は時間を打ちあわせ、尾形警部を外に出しました。いつの間にこの建物の外に搬《はこ》んで来たものか、そこには一台の移動式X線装置が置かれてありましたが、警部は時計を見つつ、心得顔にスイッチを抑え、抵抗器の把手《ハンドル》を左右へまわすのでした。ジージーと放電の音響がきこえ、X線は実験室の壁をとおして内部へ入ってゆくようでした。暗室の内では、鉛《なまり》の前垂《まえだれ》をしめた赤星探偵が、大きな石盤のような形をした蛍光板《けいこうばん》を目の高さにさしあげ、壁とすれすれにそれを上下に動かしています。探偵の夜光時計が二分を刻むごとに、彼は一歩ずつ左へ体をうつし、前と同じような恰好《かっこう》で蛍光板をのぞきこむのでありました。時には手をのばして蛍光板と壁との間にさし入れ、鉛筆でなにやら壁の上に印をつけているようでした。二十分もすると実験は一《ひ》と先《ま》ず終了しました。黒い毛繻子《けじゅす》のカーテンを、サッと開きますと、明るい光線がパッとさしこんで来たので、百合子は頭がくらくらしたので両眼を閉じました。やがて静かに眼を開いてみますと、壁の上に鉛筆で黒々といたずら書きのしてあるのに気がつきました。それは下手《へた》なデッサンを見るように、首から上のない人間の形のように見えました。
「赤星さん、それはなんでございますの?」といぶかしそうに百合子が訊ねかけたとき、表から尾形警部が入って来ました。
「どうだね、うまく出たかしら」
 赤星探偵が黙って指した方を見た警部は、
「フーム」
 と首をかしげて何か考えているようでしたが、
「こりゃ君、婦人じゃないか。それも、綾子夫人の身体と同じ位の大きさだ」
「お嬢様、亡くなった奥様の洋服を一着、借して頂きとう存じます」
 と赤星探偵が言いました。
 本館からとり寄せた綾子夫人の洋服を、この壁の上にしるし出された人型《ひとがた》の上に重ねてみますと、正しくピタリと大きさが合うではありませんか。肩胛骨《けんこうこつ》や臀部《でんぶ》のあたりは特によく一致していました。
「お嬢さん、不思議なことを御覧になったでしょう。私達の試みは今のところ、半分は成功し、半分は失敗に終りました。成功の方の半分を、尾形さんと共にきいていただきたいと思います。――私は尾形さんに事件の内容を伺ってから、これは実に恐ろしい殺人鬼の仕業《しわざ》であることを知りました。尾形さんも、そうは思っていられるものの、証拠が見付からないのでとうとう休職まですることになったのです。私は犯人があまりに用意周到なる注意を払っているのに驚きました。しかしそれは犯行を否定するような結論を導き得たのにも係わらず、皮肉にも反《かえ》って犯行のあった疑いを深く抱かせるようになりました。
 先ず、私がこの室にはいってから発見した事実が二つあります。
 それは、失礼ながら、尾形さんに不足している専門知識から初めて見出すことの出来るものなのでした。その第一は、この室の壁にかけられた自記式《オートグラフィック》の寒暖計、湿度計、及び気圧計の中にのこされてある犯行当時の記録な
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