帆村は呻《うな》りながらも、まだ何か忘れているものがありはしないかと、痛む頭脳《あたま》をふり絞った。
 有るには有る。あの延髄《えんずい》を刺した鍼《はり》だ。調べてみると指紋はあった。しかし細い鍼《はり》の上にのった幅《はば》のない指紋なんて何になるのだ。
 それから、深山理学士の室で発見された大きい靴跡だ。あれが赤外線男のものとして、背丈を出すと五尺七寸位。これはいい。
 次に事務室で盗まれた千二百円だ。赤外線男に金が要《い》るとは可笑《おか》しい。しかし靴を履《は》いていたり、黒い洋服のようなものを着ているというからには、矢張《やっぱ》り金が要るのかしら。しかし、その金をどうして使うのだ。彼自身が握っていたのでは、金は他人の眼に見えないだろうし、第一洋服店の前に立って、洋服を注文したところで、背丈《せたけ》肉付《にくづき》もわからなければ、店の方でも声ばかりするのでは驚いて、不思議な噂話がパッと拡《ひろ》がらねばならぬ。それも聞えてこないというのは、若《も》しや赤外線男に手下《てした》があるのではあるまいか。
 世間では、新宿のホームから飛びこんで轢死《れきし》した婦人の身許
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