、愚図愚図《ぐずぐず》しているうちに、頭髪《かみ》についていた硫酸らしいものが眼の中へ流れこんだのです。直ぐ洗ったんですが、大変痛んで、左の眼は殆んど見えなくなり、右の眼も大変弱っています」
 ダリアは黒眼鏡を外《はず》して見たが、左眼《さがん》はまるで茹《ゆ》でたように白くなり、そうでないところは真赤に充血していた。右の眼はやや充血《じゅうけつ》している位でまず無事な方であった。
「全く危いところでしたよ。連日《れんじつ》の努力で、もう身体も頭脳《あたま》も疲れ切っているのです。神経ばかり、高《たか》ぶりましてネ」と理学士も側《そば》へよって来て述懐《じゅっかい》した。彼の眼の色も、そういえば尋常《じんじょう》でないように見えた。
「もすこしで、どうかなるところでしたわ。そうだったら、今日は実験を御覧に入れられませんでしたでしょう」
 ダリアは独《ひと》り言《ごと》のように云った。
 一同は此の室に何だか唯《ただ》ならぬ妖気《ようき》が漂《ただよ》っているような気がした。
「じゃ、いよいよ働かせて見ます」と深山学士は立ち上った。「白丘さん。カーテンを閉めてすっかり暗室《あんしつ》にし
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