係官は何を思い出したものか、ここでゴクリと唾を嚥《の》みこんだ。
やがて鶯色のコートを着た轢死婦人《れきしふじん》の屍体《したい》は、その最期《さいご》を遂げた砂利場《じゃりば》から動かされ、警察の屍体収容室に移された。いつもの例によれば、ここへ誰か遺族が顔色をかえて駈けこんでくるのが筋書《すじがき》だったが、どうしたものか何時《いつ》まで経《た》っても引取人《ひきとりにん》が現れない。告知板《こくちばん》に掲示《けいじ》をしてある外《ほか》、午後一時のラジオで「行路病者《こうろびょうしゃ》」の仲間に入れて放送もしたのであるが、更《さら》に引取人の現れる模様がなかった。これだけの大した身なりの婦人で、引取人の無いのは不思議|千万《せんばん》だと署員が噂《うわ》さし合っているところへ、待ちに待った引取人が現れた。それは轢死後《れきしご》、丁度《ちょうど》十四時間ほど経った其の日の真夜中だった。
それは隅田乙吉《すみだおときち》と名乗る東京市中野区の某《ぼう》料理店主だった。彼はそんな商売に似合わぬインテリのように見うけた。警察の卓子《テーブル》の上に拡《ひろ》げられた数々の遺留品《い
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