田とかいう男ではなくて、小山田夫人静子その人だった。夫人の変態性《へんたいせい》がこの手紙を書かせ、夫との夜の秘事に異常な刺戟《しげき》を与えたというのでした。――私の妻《あれ》は、最後にこんなことを訊《き》いたことを覚えています。『このような脅迫状が、静子さん自身の手によって書かれたわけなら、静子さんは別に何とも恐ろしくはなかった筈《はず》です。しかしもしあの手紙が、本当に見も知らない人の手によって書かれたものだったとしたら、静子夫人の駭《おどろ》きは、どんなだったでしょうね』と、まアこんな意味のことを云ったことがあります。私は莫迦《ばか》なことを云いだす奴じゃのうと、笑ってやったんです。しかし今となって思えば、あれも失踪の謎をとく一つの鍵のような気がしてなりません」
係官は、伯父の話に大変興味を持ったようだった。二人がもう席を立とうというときに一人の警官が円《まる》い小箱《こばこ》をもって来て、これに何か見覚えがないかと差し出した。それは茶色の硝子屑《ガラスくず》のようなものであった。勿論《もちろん》二人には思いもよらぬ品物だった。
「こんなになっているから判らないかもしれないが
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