似た美しさと淋しさを持った若い婦人がいつも必ず一人は居るというのであった。
 その午前十時半にも確かに一人の佐用媛が巌ならぬエレヴェーターの蔭に立っていた。鶯色《うぐいすいろ》のコートに、お定りの狐《きつね》の襟巻《えりまき》をして、真赤《まっか》なハンドバッグをクリーム色の手袋の嵌《はま》った優雅な両手でジッと押さえていた。コートの下には小紋《こもん》らしい紫《むらさき》がかった訪問着がしなやかに婦人の脚を包み、白足袋《しろたび》にはフェルト草履《ぞうり》のこれも鶯色の合《あ》わせ鼻緒《はなお》がギュッと噛《か》みついていた――それほど鮮かな佐用媛なのに、そのひとの顔の特徴を記憶している者が殆んど無いという全くおかしな話だった。尤《もっと》もホームは至って閑散《かんさん》で、そんなことには超人的な記憶力をもっている若い男たちが、幸か不幸かその近所に居合わさなかったせいにもよるだろう。そこへ上りの品川《しながわ》廻《まわ》り東京行きの電車がサッと六番線ホームへ入って来た。運転台の硝子《ガラス》窓の中には、まだ昨夜の夢の醒《さ》めきらぬらしい、運転手の寝不足の顔があった。
「呀《あ》ッ!
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