さ》げ用のエレヴェーターがあって、その周囲は厳重な囲《かこ》いが仕切られて居り、その背面には、青いペンキを塗った大きな木の箱があって、これにはバケツだとかボロ布《きれ》などの雑品が入っているのだが、その箱の上を利用して新聞雑誌が一杯拡げられ、傍《そば》に青い帽子を被《かぶ》った駅の売子が、この間に合わせながら毎日規則正しく開かれる店の番をしている。
 このエレヴェーターとレールとの間のホームの幅《はば》は、やっと人がすれちがえるほどの狭さであるが、その通路にはエレヴェーターを背にして駅の明《あ》いているうちは不思議にもきまって、必ず一人の若い婦人が凭《もた》れているのだ。その婦人は電車の発着に従って人は変るけれど、其《そ》の美しさと、何となく物淋しそうな横顔については、どの女性についても共通なのであった。この神秘を知っている若いサラリーマン達の間には、このエレヴェーター附近を「佐用媛《さよひめ》の巌《いわ》」と呼び慣わしていた。かの松浦佐用媛《まつうらさよひめ》が、帰りくる人の姿を海原《うなばら》遠くに求めて得ず、遂に巌《いわ》に化したという故事《こじ》から名付けたもので、その佐用媛に
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