文面は想像のとおり、彼の訪ねて来ないことを大変|寂《さび》しがっていること、今夜にでも店の方にでも、それともどっかで電話をかけて呼んで呉れれば直ぐ飛んでゆくからというような、当人達でなければ読んでいるに耐《た》えないような文句が縷々《るる》として続いていた。桃枝は学士の内妻《ないさい》に等しい情人《じょうじん》だった。彼は手紙を畳《たた》むと、ポケットへねじこんだ。
(今日はいっそのこと、仕事をよして、これから桃枝を引張り出しにゆこう)
深山《みやま》理学士が実験衣を脱いで、卓子《テーブル》の上へポーンと抛《ほう》り出したときに、廊下にコツコツと聞き覚えた跫音《あしおと》がして、白丘ダリアがやって来た。
「先生、先生」
扉《ドア》をあけてやると、ダリアは兎《うさぎ》のように飛びこんできた。
「先生|済《す》みませんでした。急用が出来たものですから……」
「一体どうしたというのです」深山理学士は桃枝のことなんか一時に吹きとばすように忘れてしまって、真剣な面持《おももち》で聞いた。
「警視庁から呼ばれて、ちょっと行ったんですけれど……」
「なに、警視庁へ」
「あたしのことじゃないんです
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