わさなかった。学士は一人でコツコツと組立を急いでいたけれど、十一時になると、もう気力《きりょく》が無くなったと見え、ペンチを機械台の上に抛《ほう》り出してしまった。
(どうして、白丘は出てこないんだろう?)
 いろいろなことが、追懐《ついかい》された。何か本気で怒り出したのであろうか。それとも病気にでもなったのであろうか。考えているうちに、自分があの女学生に、あまりに頼《たよ》りすぎていたことに気がついた。ひょっとすると、自分はもうあの少女の魔術にひっかかって、恋をしているのかも知れない。
(莫迦《ばか》なッ。あんな小娘に……)
 彼は身体を一とゆすりゆすると、実験衣のポケットへ、両手をつっこんだ。ポケットの底に、堅いものが触れた。
「ああ、桃枝《ももえ》から手紙が来ていたっけ」
 今朝、用務員が門のところで手渡してくれた四角い洋封筒をとりだした。発信人は「岡見桃助《おかみとうすけ》」と男名前であるが、それは桃枝の変名であることは、学校内で学士だけが知っていた。開いてみると、どうやらそれは彼女の勤めているカフェ・ドランの丸|卓子《テーブル》の上で書いたものらしく、洋酒の匂いがしていた。
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