》赤外線研究をやりたいというひとがいるから、助手がわりにそれを廻そう、当分我慢して、それを使えという所長からの話であった。
 それは四月のたしか十日か十一日の午前九時ごろだった。深山理学士の研究室を外からコツコツとノックするものがあった。
「ちょっと待って下さい」
 学士は室内から声をかけた。
 五分ほど経って、学士はやっと戸口に近づいた。
「まだ居ますか?」
 と妙《みょう》な、そしてどっちかというと失礼きわまる質問の言葉を、扉《ドア》を距《へだ》てて向うへ投げかけた。――学士の出てくるのに痺《しび》れをきらして帰ってゆく人も多かったので、こういうのが学士の習慣だった。人を待たすことに一向|頓着《とんじゃく》しないのも有名なる学士の習慣だった。
「はア――」
 というような返辞《へんじ》と、カタリと靴の鳴る音が、扉《ドア》の彼方《あっち》でした。
 学士はそこで渋々《しぶしぶ》とポケットから鍵を出すと戸口の鍵孔《かぎあな》に入れ、ガチャリと廻して扉を開いた。そこには思いがけなくもピンク色のワン・ピースを着た背の高い若い婦人が立っていた。
「あ――」
「深山先生でいらっしゃいましょうか
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