はこの運動場を人間のような恰好して歩いていたというぞ。してみれば、赤外線男とて、地球の重力《じゅうりょく》をうけて歩いているので、空中を飛行しているわけではない。だから身体は見えなくても、大地《だいち》に接するところには、赤外線男の足跡が残らにゃならんと思うよ」
「足跡が見えるなら、靴も見えたっていいでしょう。すくなくとも、靴の裏は見えたっていいわけです。そこには我々の眼に見える泥がついているのですからネ」
課長と検事とは喋っていながらも、この難問題が自分たちの畠《はたけ》ではないことに気がついた。
「ねえ、君」と検事が鼻に小皺《こじわ》をよせて囁《ささや》くように云った。「これはどうも俺たちの手にはおえないようだよ。第一、知識が足りない」
「そうですヨ」と課長も苦笑した。
「仕方がないから、これは一つ例の男を頼むことにしてはどうかネ。帆村荘六《ほむらそうろく》をサ」
「帆村君ですか。実は私も前からそれを考えていたのです」
二人の意見は直ぐに纏《まとま》った。そして新《あらた》に呼び出されるべき帆村荘六という男。これはご存知の方も少くはないと思うが、素人探偵として近頃売り出して来た青年で、科学の方面にも相当明るいという人物だった。
こうして取調べも一と通り終り、報告書も作られたけれど、直接の被害の中にとうとう洩《も》れてしまった一つの重大なる品物があった。それは深山理学士が戸棚の中に秘蔵《ひぞう》していた或る品物だったが、彼はそれを係官に報告しなかった。それは決して忘れたわけではなくて、故意《こい》に学士の心に秘《ひ》めたものと思われる。一体、その品物はどんなものだったか。
とにかく深山学士研究室の襲撃事件によりて、赤外線男の生態《せいたい》というものが、大分はっきりしてきた。
5
帆村探偵を交《ま》ぜた係官の一行が、深山理学士の研究室を訪ねたのは、新しい赤外線テレヴィジョン装置が出来上ったという其《そ》の日の夕刻のことだった。折角《せっかく》作った一台は、無惨《むざん》にも赤外線男の破壊するところとなり、学士も助手の白丘《しらおか》ダリアも大いに失望したが、その筋《すじ》の希望もあって、二人は更《さら》に設計をやり直し、新しい装置を昼夜兼行《ちゅうやけんこう》で組立てたのだった。白丘ダリアは、この事件以来というものは、住居《じゅうきょ》にしている伯父《おじ》黒河内子爵《くろこうちししゃく》のところへ帰ってゆくことをやめ、深山研究室の中にベッドを一つ置き、学士と共に寝起きすることとなった。碌《ろく》に睡眠時間もとらないで、この組立に急いだ結果、四日という短い日数《にっすう》のうちに、新しい第二装置ができあがった。しかし学士はあの事件以来、何とはなく大変疲れているようであった。その一方、白丘ダリアは益々《ますます》健康に輝き頸《くび》から胸へかけての曲線といい、腰から下の飛び出したような肉塊《にくかい》といい、まるで張りきった太い腸詰《ちょうづめ》を連想《れんそう》させる程だった。従って第二装置の素晴らしい進行速度も、ダリアの精力《せいりょく》に負うところが多かった。
研究室の扉《ドア》をコツコツと叩くと、直ぐに応《こた》えがあった。入口が奥へ開かれると、そこへ顔を出したのは、頭に一杯|繃帯《ほうたい》をして、大きな黒眼鏡をかけた若い女だった。先登《せんとう》に立っていた課長は、
(これは部屋が違ったかナ)
と思った位だった。
「さあ、皆さんどうぞ」
そういう声は、紛《まぎ》れもなく白丘ダリアに違いなかった。どうしてこんな繃帯をしているのだろう。それに黒眼鏡《くろめがね》なんか掛けて……と不思議に思った。
一行中の新顔《しんがお》である帆村探偵が、深山《みやま》理学士と白丘ダリアとに、先《ま》ず紹介された。
「いや、ダリアさんですか、始めまして」と帆村は慇懃《いんぎん》に挨拶をして「その繃帯はどうしたんです」と尋《たず》ねた。
課長はこの場の様子を見て、いつもながら帆村の手廻しのよいのに呆《あき》れ顔だった。
「これですか」少女はちょっと暗い顔をしたが「すこしばかり怪我《けが》をしたんですの。繃帯をしていますので大変にみえますけれど、それほどでもないのです」
「どうして怪我をしたんですか」
「いいえ、アノ一昨晩《いっさくばん》、この部屋で寝ていますと、水素乾燥用の硫酸《りゅうさん》の壜が破裂をしたのです。その拍子《ひょうし》に、棚《たな》が落ちて、上に載《の》っていたものが墜落《ついらく》して来て、頭を切ったのです」
「そりゃ大変でしたネ。眼にも飛んで来たわけですか」
「何しろ疲れていたもので、直《す》ぐ起きようと思っても起き上れないのです。先生は直ぐ駈けつけて下さいましたけれど、あたくしが
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