い》で、看護婦が二人もついている騒ぎだからと云った。
「実は、失踪された子爵夫人のことに関し、是非ご覧願いたい映画の試写があるのですが、それは困りましたネ」と帆村は長くもない頤《あご》を指先でつまんだ。
「映画ですか。あたし、代りに行きましょうか」
「そうですか。じゃ子爵の御了解《ごりょうかい》を得て来て下さい。よかったら御一緒に参りましょう」
「ええ、いくわ」
 ダリアは、まだ繃帯のとれぬ大きな頭を振り振り奥に引きかえしたが、直《す》ぐコートと帽子とを持ってあらわれた。
「さあ、お伴しますわ」
 三人が警視庁についたのは、すこし早すぎた。
「ねえ、ダリアさん。まだ四十分もありますよ」
「退屈ですわネ」
「ちょっと永いですネ」と帆村は云った。「そうそう、この中に面白いものがありますよ。警官に射撃を訓練させるために、室内|射的場《しゃてきば》がつくってあります。僕たちが行っても構わないのです。行ってみませんか」
「射的ですって? あたし、これでも射撃は上手なのよ」
「じゃいい。行ってみましょう」
 呑気千万《のんきせんばん》にも帆村は、ダリアを引張って、警官の射的室へ連れて来た。そこは矢場のように細長い室だが、手前の方に、拳銃《ピストル》を並べてある高い台があって、遥《はる》か向うの壁には、大きな掛図《かけず》のような的《まと》がかかっていた。その的というのは、白い紙の上に、水珠《みずたま》を寄せたように、茶椀《ちゃわん》ほどの大きさの、青だの、赤だの、黄だの円《まる》が、べた一面に描いてあって、その上に5とか3とかいう点数が記してあった。
「僕やってみましょうか」帆村は気軽に拳銃《ピストル》をとって、覘《ねら》いを定《さだ》めると、ドーンと一発やった。3点と書いた大きな赤円《あかまる》に、小さい穴がプスリと明いた。
「どうです。相当なものでしょう」
 そういいながら、彼は次から次へと、あまり点数の多くない色とりどりの円を、撃ちぬいていった。
「今度は、ダリアさん、やってごらんなさい」帆村は拳銃を彼女の方に薦《すす》めた。
「エエ――」とダリアは答えたが、「あたし、よすわ」とハッキリ云った。
「そんなことを云わないで、やってごらんなさいな」
「だってあたし……あたし、眼が悪くて駄目なんですわ」
 そういってダリアは、カラカラと男のような声で笑った。
 まだ時間はあった
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