かった。鍼に筋肉が搦《から》みついてしまったものらしい。
「一体これは、どうして検《しら》べようか」判事が当惑《とうわく》の色をアリアリと現わして云った。
「どうも、相手が悪い」と検事が呟いた。
「赤外線男はそれとして置いて、普通の事件どおり、この部屋の中にいる者は、すっかり取調べることにして下さい」と帆村が云った。
そこで係官が代りあって係官自身と、帆村、深山理学士、白丘ダリアとを調べてみたが、別に怪《あや》しい点は何一つ発見されなかった。
結局、赤外線男の仕業ということが裏書《うらが》きされたようなものだった。流石《さすが》の帆村探偵も手も足も出せなかった。
6
捜査課長の殺害《さつがい》事件は、俄然《がぜん》日本全国の新聞紙を賑《にぎ》わした。それと共に、赤外線男の噂が一段と高まった。警視庁の無能が、新聞の論説となり、投書の機関銃となり、総監をはじめ各部長の面目《めんもく》はまるつぶれだった。
四谷《よつや》に赤外線男が出た。三河島《みかわしま》にも赤外線男が現われたと、時間と場所とを弁《わきま》えぬ出現ぶりだった。尤《もっと》もそれは皆が皆、本当の赤外線男とは思えず、一寸《ちょっと》話を聞いただけで偽《にせ》赤外線男だと看破《かんぱ》出来るようなものもあった。
帆村探偵は、直接に攻撃されはしなかったけれど、内心大いに安からぬものがあった。彼は書斎のソファに身を埋《うず》めると細巻のハバナに火を点けて、ウットリと紫の煙をはいた。彼は元々赤外線男などという不思議な生物があるとは信じていなかった。しかしそれには別に根拠があるわけではなかったのだ。捜査課長の故《こ》幾野氏の惨死《ざんし》事件を考えてみるのに、あれは赤外線男なら勿論《もちろん》出来ることであるが、それと同時にあの部屋にいた人間にも出来ることではないかと思いかえしてみた。
雁金検事、中河判事――この二人は、まず犯人ではないであろう。彼等の本庁に於ける歴史も功績も古く大きいものだ。
警部、刑事も疑えば疑えないこともないが、日頃知っている仲だから先ず大丈夫。
熊岡警官はどうだ。これは始めて会った人ではあるが、Y署では模範警官といわれているから大丈夫だろう。但《ただ》しいろいろと探偵眼のあるところが、平《ひら》警官として多少気に入らないこともないが、一々疑ってはきりがない。
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