いですわ。先生のお顔を右の眼で見たときと左の眼で見たときと、先生のお顔の色が違うんですわ」
「変なことを云い出したネ」学士は自分の顔色のことを云われたので鳥渡《ちょっと》いやな顔をした。
「右の眼で見たときよりも、左の眼で見たときの方が、先生のお顔が青っぽく見えますのよ」
「なアーんだ、君。色盲じゃないのか。ちょっとこっちへ来て、これを見給え」
 学士はダリアを引っぱって、色盲検査図の前につれて来た。それは七色の水珠《すいじゅ》が、円形《えんけい》に寄りあっているのだが、色の配列具合によって、普通の視力をもっているものには「1」という数字が見える場合にも、色盲には「4」と見えたりするという簡単な検査図だった。ダリアの眼を、片っぽずつ閉《と》じさせて、沢山ある検査図を色々とめくって調べてみた。しかし結果はどういうことになったかというのに、ダリアは色盲ではないということが判明したのだった。
「色盲でも無いようだが……気のせいじゃないか」
「いいえ、気のせいじゃないわ。先生がどうかしてらっしゃるんじゃなくって?」
「莫迦《ばか》云っちゃいかん。君の眼が悪いのだよ。説明をつけるとこうだ。いいかい。君の右の眼と左の眼との色の感度がちがうのだ。今の話だと、君の左の眼は、青の色によく感じ、右の眼は赤の色によく感ずる。両方の眼の色に対する感覚がかたよっているんだ。それも一つの眼病《がんびょう》だよ」
「そうでしょうか、あたし困ったわ」と白丘ダリアは一向困ったらしい様子も見せずに云った。「ンじゃ先生、あたしが今|視《み》ている右の眼の風景と、左の眼の風景と、どっちの色の風景が本当の風景なんでしょうか。どっちかの眼が本当のものを見て、どっちかの眼が嘘を視ているのですね」
「そりゃ困った質問だ」と今度は深山理学士の方が本当に弱ってしまった。「どうも君の網膜《もうまく》のうしろに僕の眼をやってみることも出来ないからネ」
 そういって理学士は考え込んだ。
 こんな調子で、二人はいつの間にか十年の知己《ちき》のようになってしまった。
 白丘《しらおか》ダリアの入所後《にゅうしょご》はやくも五日のちには、赤外線テレヴィジョン装置がもう一と息で出来上るというところまで漕《こ》ぎつけた。
 ところが其《そ》の朝に限って、いつもなら午前七時には必ず出てくる筈《はず》の白丘ダリアが、十時になっても姿を現
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